ゆうやけこやけでまたあした
笹子ゆら


パイプオルガンの音が聞こえたので、わたしはおうちに帰ることにする。夕刻、絵の具で塗り立てのような空は、燃えているけど燃えてはおらず、慕情は生まない。たいしたもんではねえや、と誰かが囁く。わたしもそんな気がしている。


ゆうやけこやけでまたあした、さようなら、さようなら、またあ、あしたねえ。


そうやって、誰かと手をふりふり、歩いて帰ったような気がするのに、その誰かは思い出せず、そのあかいろで染まった顔は、なんだかやっぱり、うつくしくはなかった。
夕陽のあかをうつくしいとおもうのは、あたりまえのこころで、わたしはあたりまえではないのだから、仕方がないのだと、下り坂、石をけりけり、おうちに帰ったのだ。かわいらしくはない顔を、無表情でかためながら、勝手にはならぬ小さな石を、いっかい、にかい、蹴ってはどこかに飛ばしてしまう。新しい石を探して、また、いっかい、にかいと蹴りながら、わたしはちょっぴりセンチメンタルで、わたしはちょっぴり、なんとなく、さびしかった。


パイプオルガンの音が聞こえたので、わたしはおうちに帰ることにする。なんの曲だか知らねえが、なんとも湿っぽいおんがくだ。不満げにくちびるとがらせながら、わたしは影をふみふみ歩いて帰る。
なまえの分からぬどこかの誰かは、わたしのなまえを遠くでよんで、またあ、あしたねえ。か細い声で叫んでらした。ええ、ええ。わたしはうなずいて、ふりかえって、ひかりの加減で見えない顔を、やっぱりなんだか、うつくしくねえなあ。そう、つぶやきながら、おんなじようにことばを返す。手をひらひら、ふったりしながら。


ゆうやけこやけで、また、あした。



自由詩 ゆうやけこやけでまたあした Copyright 笹子ゆら 2013-04-04 00:23:09
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