告白貞淑妻昼下がりのわななき・逮捕編
平瀬たかのり

 誰でしたっけ
 とほい空でぴすとるが鳴る、と
 書いたのは
 ね、聞こえたでしょ
 タァーンって
 乾いた音が今、ひとつ
 でもそれはすぐそこの空
 わたしのために一人の男が
 死んだ、音
 
 交番に行ったのですわたし
 少し足りないお兄ちゃんが
 道で拾ってきた千円札を届けに

 若いおまわりさんでした
 これはこれはご丁寧に
 しゃっちょこばった敬礼をして
 
 うわさがありました
 逮捕だ、逮捕だ、逮捕する!
 そう叫びながら犯人に
 何発もピストルを撃ったって
 
 では本官これからパトロールがありますから
 また律儀にした敬礼の
 それはそれは凛々しかったこと
 わたし思ったわ
 きっとこのピカピカ紺色の制服は
 彼に着てもらうためにあるんだなって

 そのとき夫のステテコハラマキ姿を思い出したのです
 いつもいつもステテコハラマキ
 お隣さんが回覧板持ってきてもステテコハラマキ
 うちの両親が訪ねてきてもステテコハラマキ
 いつかなんてパチンコ屋へもステテコハラマキ
 あんまりみっともないので注意したら
 これが俺のトレードマークだなんて
 あの鼻毛ビラビラさせながら
 何を、何を偉そうに
 バッカじゃなかろか

 わたしから抱きついていました
 わたしから唇を寄せました
 ねえ逮捕してわたしあなたに捕まえてほしい
 彼びっくりしてすごい寄り目になってた
 もう両目がひっつくくらい
 いやよだめ、パトロールになんか行かせない

 やっぱりでした
 うわさじゃないって気づきました
 ああ、きっとこんなふうに
 犯人に弾を打ち込んだのね殺したのね
 この人ってば

 彼それからパトロールのふりしてうちの近くをうろつくようになりました
 でもわたし無視しましたすれちがっても知らんふりしました
 覚えているわ寂しそうな瞳
 わたしが忘れていいわけない瞳

 彼
 つっ伏している
 机の上に広がった
 真っ赤な血だまりの中に
 あの時と同じ顔して
 きっと
 ズボンの前は
 
 おや、坊や
 目が覚めたのね
 ううん、だいじょうぶ
 ママちょっとお目々が痛いだけなの
 さあ、お散歩にいきましょうね
 いつもと少し道順を変えましょうか
 だけど今日もとってもいいお天気よ



自由詩 告白貞淑妻昼下がりのわななき・逮捕編 Copyright 平瀬たかのり 2013-03-25 20:57:25
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