アトリエのブルー
まーつん
日々を無駄に過ごすなって
お袋によく言われたっけ
汚れたエプロンを
鎧みたいにまとって
布団たたきを握りしめ
水仕事に荒れた両手を 腰に当てて
にらんでいたお袋
あのころの俺は 毎日が日曜で
朝がとっくに歩き去っても
布団の上で夢うつつ
日々 神様から手渡される
時間という名のカンバスに
野望の木炭で 腹黒い線一本
引くこともなく
人生という名のアトリエには
無地のカンバスが
空しく積みあがっていった
手の込んだ遠近法が要求される
将来図という宿題も
結局手つかずのまま
成り行き任せでやってきた
惜しげもなく散っていく
日捲りのカレンダー
パレットの上に絞り出す
雑多な色合いの感情は
ぶつける相手のあてもなく
歳月の隙間風に吹かれて
固く干からび 縮こまっていく
きっと だめなんだろうな
そんなことでは でも
俺には 美しい絵なんて描けない
壮大なパノラマを繰り広げる
新天地の風景画
燃え上がる愛を炊きつける
熱き眼差しの肖像画
一点透視の彼方に結び合わせる
まっすぐな道のりの終点
そんな
真っ当なスタイルは
俺の人生には無縁だった
見なよ
古い傷だらけのパレットの上で
用済みにされて混じり合い
足元に溢れ落ちていく
幾つもの感情
紅く滾る怒りは
溶岩となって滴り落ち
台所のカーペットを焼き焦がし
黒く煮詰まる絶望が
居間の床板に穴を穿ち
闇を湛えた井戸となり
父なる大地の焦げ茶からは
膿んだ心の染みついた
土の腐臭が立ち昇る
緑はいつも
希望となって芽吹くが
風や日照りにさらされて
花を見せずして 枯れていく
カーテンの隙間からは
白い光が零れるが
絵筆の先に掬っても
この息に触れると
たちまち 灰色に濁ってしまう
ブルーな気分だけは
この胸の内側から
際限なく 湧き出してくるから
カンバスの上はいつも
描きかけの未来図を塗りつぶす
透き通った青一色で 厚く覆われている
それは
遠浅の海の色 黎明の空の色
命を育む揺りかごと
始まりの無を暗示する
冷気と暖気の対流を孕んだ
美しき微睡みの色
湧きいずる流れは
チョロチョロと床に注がれて
今や 裸足のくるぶしをも
浅く 冷たく浸していて
紙くずや 食べ物の器が
ぷかぷかと あたりを漂っている
そのブルーな感情は
いずれ 俺が溺れ死ぬまで
この心から漏水し続けて
止むことはない
閉ざされた密室で
己の憂鬱に窒息して
精神の死を味わったとき
俺は
目もくらむ光の中で
新しい自分を手に入れて
目を覚ますことだろう
そうして
ドアを破って溢れ出す
碧き流れに尾を打ち振る
一匹の魚となって
このアトリエを
泳ぎ去るにちがいない