鉄の裁鋏、蝶番
高濱

ワイングラスの双曲線、
横顔が解けて砂丘に、一擲の腕を展ばす。
塩の柱、砂糖漬の蜜蜂、良き教説、神父。
壜詰の色褪せた八月、
憂愁の貴婦人と砂糖工場。
産業革命、労働夫の銅版画、反民衆史の子。
第一次世界大戦の噂、徴用物資、徴兵検査。
人体実験、ノスタルジー病の最前線兵。

抽象芸術の萌芽、機械式写実、写真機。
三脚の上に敷設された地球儀標本。
錯綜する鉄塔の影、地に落ちた椿花。
等間隔の棺、親子。
喪服のヴェール被る向日葵。
白黒模様のタイル、二十世紀の回顧展、
細密画、写実主義、抽象画、超越主義。
フロイト式象徴主義、
サルバドール・ダリの。

鉄の裁鋏、蝶番、銀の皿、捜索願売ります。

立枯れた向日葵の影像、デジャ・ビュの
繰り返し。
馬脚有るピアノの、燃上る壁、セメント。
石膏漬の鋳型に西洋菊の一輪車。
花の図案集、病的嗜好の裁鋏、放射線写真。
点滴管と鉗子、病巣摘出後の空洞、私を喪い、
雨打つ窓の静脈が脈動する、私は五十年の間
呵責する世界の幻聴を、
即ち精神分裂病の国家、
神経病の国家を描写し、自然の隔絶、
反自然の産業史、機械装置の発生、自働機械、
歯車仕掛、燃焼室などを溺愛したものだ。

然し、狂っていたのは私だった。

ああ、赤紫色の肉塊よ、私の胸像を象る、
紫陽花の曲々しい花序の刀剣よ。
貫通の血塗れの襯衣よ。縫閉じられた瞼が
再び世界を、古典力学の暗闇を、
忽如、顛倒せしめる為に。花崗岩の石墓、
その雲母石の漆黒の列が、
私を引摺り、逼迫する。
プロテスタントの宗教理念が、
抽象主義の、懸架された十字を
概念化させる。
私は在るゆえに私は在り、
中芯点を求めるもの、又、
膾炙された純粋の球体を未完の卵形として、
螺旋画く翼の堅果の、
静物画を試み、
飛花粉の雀蜂の脚、蜂蜜の壜詰に匙を差込む。


自由詩 鉄の裁鋏、蝶番 Copyright 高濱 2013-03-16 03:43:47
notebook Home 戻る  過去 未来