沈黙
岡部淳太郎

十一月の、乾きであるか、渇き、でもあるのか、赤く褪
色した掌が群れとなって、落ちて、いて、旋回する散歩
道、であった、十と一月ひとつきの、時間の名、のなかで、吠え
る犬とすれ違う、犬とこの身は、異なる位相のうえにい
るから、その声は聞こえない、威を借る人であった、か
ら、石は枯れて、いつものように割れて、干からびて、
赤土のうえに、置き去りにされる、水瓶で、あった、そ
ろ、そろ、そろそろと歩く、足だけの人の近づく、音が
聞こえてくる、(風に気をつける、季節です、)えてし
て人というものは、大音声のなかで、気を失うものであ
りますから、神が隠れたこの季節、よくよく背すじを伸
ばして、赤くなり、はじめて、歩いて、いかなければ、

十一月の、乾ききった、あかぎれ、であった、痛みは油
彩のように、こびりつき、野は枯れて、果てて、いつと
はなしに、語りつづける、肩に降りつもる、掌、肩をた
たく、掌、どれもみな終末のように、赤い、(そろそろ
見頃ですよ)と、蟻の勤勉さで近づく、声、あるいは、
声のない木鼠の、あ、という声、いずれも静寂、やって
くる寒い風に、かき消され、石は道端に置かれたまま、
木の幹にうがたれた、穴は、ふさがれる。(これ以上、
深く潜っては、いけない、)遠い古里の、さびれた、絵
葉書のような、散歩道、刀身は錆びて、傷つき、ぼろぼ
ろに欠け落ちて、犬の毛は生え変る、神は不在でも、石
は路傍で見つづけているから、歩いて、いかなければ、


  黙ってしまえば、
    誰にもわからないだろう、

  黙ってしまえば、
    知られることはないだろう、

    私が遺してきた、
    すべての 羞恥、
    私が遂げてきた、
    すべての 病歴、

  黙ったままなら、
    忘れてしまえるだろう、


十一月の、渇きであり、また乾きでもあったのか、この
赤い石の陰に、来なさい、すべて巡るものは、夕陽の恩
寵のもとにある、すきまから、吠える犬、声帯を切除さ
れながらも、十と一月ひとつきの、時間の名、のなかで、気体は
目に見えない棘を、運んでくる、その巡りは、いくつも
の、赤い掌を生みだしては、落としていく、掌たちのそ
よぐ、かさかさと、乾いた、声、をかぶる、このわびさ
びの労苦を、行進させよ、新しい、時の巡りへと交代さ
せよ、(風説にならう、季節です、)きっと、黙ったま
まなら、誰とも分かち合えないだろう、だからこそこの
沈黙をと、つぶやきながら、歩く散歩道、遠く、主のい
ない社が見える、記憶の石のなかで、蛇が回っている、



(二〇一二年十一月)


自由詩 沈黙 Copyright 岡部淳太郎 2013-03-01 21:03:58
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