許されない好奇心
HAL

あなたは眼の前で
ひとがひとに殺される所を視たことがありますか
ぼくは一度だけあります
そこはサイゴンの中央広場でした

それは公開処刑でした
若い女性で南軍からベトコンのスパイとして
捕まり一本の頑丈そうな木に括られ
眼には目隠しがされていました
そこに向ってすぐ10人の兵士が
M16をその女性に向って構えました

10名の兵士がM16を構えたのは
所謂 自分の撃った銃で彼女を殺したと
想わせないためではありません

日本で死刑が執行されるときは
赤い3つのボタンを3人が同時に押さなければなりません
それはどのボタンが死刑者の床が開き首吊りによって
自分の押したボタンがそれではないと想わせるためです


しかし公開処刑は違います
10名の兵士のM16にはすべて実弾が込められています
それは徹底的にその女性を撃ち殺すためでした
さらに死亡したと分かっていても
兵士に『撃て』との命令を発した上官は
その女性の顳かみに持っていた多分M1908だと想いましたが
慈悲の一発と呼ばれる完全にいのちを絶つ行為まで行いました

その後は野次馬として視ていた周辺の商店のおじさんやおばさんが
大きなバケツの水とモップで血で汚れた広場を清掃します

でもぼくは吐きつづけていました
その夜食事は摂れずホテルの部屋で眠れず
トイレの便器で朝までずっと吐きつづけていました
持っていた嘔吐止めの薬は何の役にも立ちませんでした

なぜどうやってお前はサイゴンへと問うひともいるでしょう
ぼくは大手の新聞社からプレス・カードを貰うために
あらゆるツテを頼って訪ねましたがどこも門前払いでした

ただ一社だけ某通信社が通信社の名を明かさないこと
入国ルートを墓場まで持っていくこと
そして何があってもすべてぼくの責任だとの
一枚の書類に署名・押印することを条件に
プレス・カードを発行してくれました

赴いた理由ですが 善くも悪くも単なる好奇心でした
もちろんその根底には戦争とは何かを肌で感じたかったとの
若造ならではの英雄気取りの気持ちももちろんありました 

ただ安全地帯で平和を叫ぶデモになんの意味があるのかとの
なにかを欺いているかのように想っていたのも事実です

またぼくはベルリンの壁が崩壊する一年前に
ポーランドのオスヴェンチムを訪れています

でも正直に告白するならあの中央広場も
ドイツ語ならアウシュビッツと呼ばれる場所を
どれだけの金銭を貰えたとしても
もうそこに赴く気持ちは微塵も持ち合わせていません

こう書きながらぼくは嘔吐感を憶えています
またぼくがその2つの地に向ったことが
正しい或いは意味ある行為だとも想えないのです

忘れたいのにそれが絶対に許されない場所を
ぼくは訪れてしまいましたが
それは自業自得以外のなにものでもないことは
重々に承知のなにもでもないことは分かっています

ただ分かったのは自分が如何に柔な人間であることでした
許されない好奇心によってこの先も死ぬまで
罰は与えられて当然だと想えることと
戦争のなかではどんなひとも
一種の気違いになるということだけでした


自由詩 許されない好奇心 Copyright HAL 2013-02-22 22:55:54
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