ヤドカリボールペン日記
竜門勇気


僕が僕を探しに行くのは
偽物がいるから
ここにいるんだ
ここにいないのに
ここにいるんだ
君がこうやって出かけてく理由が
僕と同じなら嬉しいけど

ヤドカリみたいに
新しい殻を探して
ヤドカリみたいに
自分を持て余して

僕が僕を信じないのは
何も残らなかったから
夢の見方を笑われて
涙の拭き方をバカにされたから
道端に捨てられた
友達のかけら
水たまりに溶けかかった
恋人の残骸

ヤドカリみたいに
新しければ
大きければ
それがいいことだって思ってた
ヤドカリみたいに
ヤドカリみたいに
この古い殻は
借り物だと思ってた

夏の終わりに
たくさん考えるのはよくない
秋がくるぶしまで濡らす頃までに
その準備をするんだ

もうこれからは
新しい価値観や
発想の転換とかさ
無理に欲しがりたくない
内緒の日記帳を一冊だけ買って
書けなくなる日まで眺めていよう
たったの一文字も書かないように気をつけて
最初の一言がいつも余計だっただろ
鍵もかけない
偽物の僕をそこに閉じ込めるんだ
鍵のない場所だから
出られない
解き放たれた牢獄
新しさや見せかけの大きさや
イデオロギーはもう探さない
自分を探すことは
真実とかあるべき姿とか
自由とか誰かにちやほやされるような事じゃなくて
平等とか救済とか
使命とかそんなんじゃなくて
とても寂しい場所へ続くチケットの発券を待つことかもしれない
誰もがかかってる薬の効かない病気の告知
自分でも気づかない潜伏期間の終わり

君が出かける理由もそうであって欲しい
君が精神的な意味でのヤドカリであるべき理由がないなら
僕は殻を捨てることも新しい殻を探すことも
無意味だと思った
自分を救うのはいつも自分以外の誰か
殻が窮屈になるほど成長はできそうもない
この小さな工房で無限の妄想を創っては壊す
ただ嵩張るだけの身の丈に合わない理想はいらない

鼓動が聞こえる回数
夜が来るたびに数えていた
鍵付きの日記帳
鍵をかけるのは数え終わった時にする
そばにいる誰かを呼び止めて
最初のページに丁寧に書いてもらうんだ
赤いボールペンで
大きな文字でも小さくてもいいから
丁寧に
最期だからさ
丁寧に書いてもらうつもり
そしたら僕は解き放たれた牢獄から
偽物の僕を引きずりだして
赤いボールペンの文字になるんだ

そして内側から鍵をかけて
赤いボールペンの文字を眺めながら
自分探しをはじめるんだ
夜の間打った鼓動に何もかもがある
眠る前に信じた妄想が
失敗に埋もれた些細な笑顔が
もう忘れそうだった傷の痛みが
何回も繰り返し噛み締めた嬉しいことが

世界中に合鍵をばら撒いときたかったな
そんな気分でずっと探す
ずっとずっと

僕が自分を探すってのは
こういうこと
君がこうやっておんなじ風に
出かけてくなら嬉しい
寂しい旅の前に
僕に合鍵を渡してくれたら嬉しい
本当っぽくない自分がいたら
ぞれは偽物でいいんだ
本当っぽい自分の鼓動だけ覚えていれば
大丈夫だ
全然OKだ
わざわざすり減らなくてもいいんだ
鍵をかけてないから
誰にも盗まれない
なにもないから
誰にも盗まれない

本当の自分の鼓動を数える
本当の自分の鼓動があれば

偽物がいるから
僕は僕を探し続けられる
僕のしたクソを手にとって
お前らしいね
なんて言う奴がいても
笑ってられるんだ
楽しくはないけど
鼻で笑えるぐらいに気楽ではあるよ
灰皿で紙切れを燃やすような
軽い熱のせいで

本当の分の鼓動
本当の自分の鼓動
本当は本当は本当じゃないかもなんだよ
本当の本当は本当は本当じゃなくてもいいんだよ
どっちかがどっちでいなきゃいけないなんてことは

窮屈さが信じてる正義なんて
こうあるべき形なんて
どれだけ本当であるかなんて
本当の自分の鼓動は
偽物で本物で嘘で現実で
数えて覚えてる分だけ
その分だけが
ただ分だけが

半ば


自由詩 ヤドカリボールペン日記 Copyright 竜門勇気 2012-08-29 09:35:43
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