鳥葬
紅月

 
 
 
(いま、

すこしだけ
銀の傾斜を孕んでください、)




ください、
と口にすればそれからが暴食
窓際に一列に並べられた人影が
ひとりずつ喪われてゆくような気がして
かれらの消息を現像するべく
陽を閉ざしたあおい自室の中で凍傷がはぐくまれていた
“わたしたちの雪解け”という書き出しではじめられた原稿を
投げこむたび震える炎に利き手を翳し
ひどくしろい熱が冬を鮮明にかたどってゆくのだと
知ることまでが語彙の最果てだった

“明日までに半分死んでいるはずのわたし”
名付けられたはずの流星がおちて
いまでは名だけが空に添えられている
幾億もの容器だったそれらはやがて鏡面になるから
網膜であるためのわたしを半分永らえてください
ください、と
凍傷だらけの醜い腕を上げては
さばかれることなく腕が下ろされるまでの一瞬を
贖罪と呼ぶのはやめて

ください、



みずから野に放った猟犬に噛まれ死んだ全知全能の羊たちを
弔うわたしの暴食は豪雨のようにはげしい
いつからか“世界”のなかで人間ではなくなったわたしの
瞳からは空白の比喩が流れているという比喩
殺戮とともに追悼がおとずれるさまはただしい咀嚼の光景であって
歴史を“痕跡”と呼ぶ語り手の腕は泥によごれている
うみだすことはころすことなんだよと
被食者たちがおごそかに食事をはじめ
明け方には巨きな骨だけが残されているから
“明日までに半分ころしてください”
訃報が語り継がれるたびに語彙は罪を宿し
罪という言葉を大仰だとわらう声は
まぎれもなく残された骨のメタファ



(いま、

すこしだけ
銀の傾斜を孕んでください、)




暴食は浸水のようなもの
水面に射し込む人影に亡霊と名付けるのはよしてください
冬の抜け殻は透けるような銀色をしていて
まあそれは嘘なのですが
嘘が嘘として“世界”に君臨しつづけるように
発話されたときから暴食がはじまるのだとしたら

いま、
傾斜を転がってゆく幾億もの容器がうつわであることをやめ
死に還ろうとしているような気がして
(いま?)
かれらの消息を現像するべく
陽を閉ざしたあおい自室の中で何度も自殺は試みられた
“それはわたしでありあなただ、比喩として”
“世界”のなかでただひとつ全知全能の
羊たちを殺戮する猟犬の瞳は燃えるようにあかく
その炎に次々と投げこまれていく原稿用紙はすべて
“わたしたちの雪解け”という一節で完結していた、
 
 
 


自由詩 鳥葬 Copyright 紅月 2012-08-27 00:42:12
notebook Home 戻る  過去 未来