すこし
るるりら

とんぼが にげない すこしも
とんぼの 目の中に わたしが
たくさん いるというのに

あぶらぜみが にげない すこしも
目線のたかさ で    なきはじめた
あぶらぜみ わたしは ここにいるというのに

にゅうどうぐもが にげない すこしも
なつのあるひ 夏は にげない すこしも


夏 刹那
いきとしいけるいのちが
たちどまる


いきものの脊椎が すこし うごく
中学校のグランドの土の下で 
背骨の髄は とけて
脊椎の髄を植物の根が つらぬいて
そうやって埋まっていたのは 人の骨
土の人となった人々の間を
すこし 植物の根が動く 
生と死のはざま

植物の根が動くと
運動場の片隅で
土の人達の背骨が
すこし うごく
お互いを包む土に押されて
すこし うごく





昭和46年10月11日広島県 似島中学校グランド<元 馬匹検疫所跡> 
七体の遺体が発掘され、
昭和46年11月22日までに 517体の遺骨が収容された。
似島は原爆投下による家屋などの倒壊はなかったが爆風により
ほとんどの家屋のガラスが吹き飛んだ。
投下の一時間後より 検疫所と寺には
夥しい数の負傷者が船で運ばれ収容され 
その総数は一万を超えた。
町の人々も大変な状況ではあったが
総力をあげて 運ばれてきた方々への献身的な救護活動に
あたったという

当時のこの島は、島全体が異様な興奮の中にあり
相当数の身元不明者が この地で命を落とし、
当初は丁寧に火葬されたが
すぐに死体の山ができるようになり 
十数体まとめて火葬の処理が行われ
埋められた
当時をしる人は、517体だけがすべてではないと
語る

いまだに 多くの人々のゆくえはしれない。


自由詩 すこし Copyright るるりら 2012-08-06 03:47:29
notebook Home
この文書は以下の文書グループに登録されています。
Democratic Poems