萩尾望都私論その6 私の赤い星2「母への憧憬」
佐々宝砂

萩尾望都私論というより好きなこと書き散らしているだけのような気もしてきたが、これは続ける。好きなことをやるのは好きだ(当たり前か)。なんてことを書いてる場合じゃなくて、ひとつ言っておかねばならないのだが、「私論」と言い切るからには「私」であってもこれは「論」であって、あらすじ紹介でも普通の書評でもない。本を買わせるために書くのでもない。誉めるために書くのでもないし、けなすために書くのでもない。萩尾望都のマンガが何を秘めているかについての「私」の考えを書くのだ。つまり、萩尾望都のマンガを読んでない人は、この私論を読まなくてもいい。もちろん、読んでもいい。ただし、ネタバレがあるのは当然なことだと了承してもらいたい。推理小説論を書くと考えてもらったらすぐわかる。ネタバレなしに「論じる」ことが可能だろうか? こんなことは当たり前の前提なのであまり書きたくもないのだが、誰か怒るといけないので、あらかじめ断っておく。

てなわけでどんどん書いてしまう。『スター・レッド』の主人公レッド・セイ五世代ペンタ・トゥパールは15歳、暴走族のリーダーで、養父徳永博士のもと地球に暮らしている。セイは地球人ではない。火星に生まれた火星人(地球から追放された犯罪者の子孫)で、髪は白く、目は赤い。超能力を持つ火星人は、かつて火星で地球人と戦って破れ、いまもなお地球人に発見されしだい、狩られ殺されあるいはモルモットにされる運命にある。戦争と監視の目をかいくぐり地球に育ったセイは、自分のアイデンティティーの根っこにある火星を強く意識している。いや、ほとんど「火星に恋している」。‥‥と、いうのがこのマンガの惹句だ。火星に恋する少女。

だがそれはほんとに恋なのだろうか、恋だとすればこれは間違いなく母恋だ。「わたしの生まれた星 赤い風の吹く星 遠いキャラバン‥‥」故郷に思い馳せながらセイはねむる。こどものように、自分のくちびるに自分の指を寄せて。友人がいても、誠実で優しい養父がいても、またたとえ地球人の恋人がいたとしても、セイは孤独だ。セイに必要なものはいったい何だろう? セイ自身は、「わたしはわたしがわたしでいられる国へ行ってやる かならず!」と心に叫ぶ。だが彼女はまだ知らない。「わたしがわたしでいられる」とはどんなことなのかを。彼女が憧憬してやまない母なる赤い星が、いったいどんな星なのかを。

そこでエルグが登場する。超能力を持つらしい謎の男エルグが「きみの目は赤い ぼくの目も赤い ぼくたちは同族だ セイ」と言ったとき、セイの感情がどれほど揺れ動いたか、想像してほしい。エルグにしがみついたセイは「さびしかった!」と叫ぶ。セイの言葉にも感情にも嘘はない。「ぼくたちは同族だ」というエルグの言葉にも嘘はない。だがエルグは火星人ではない。ではエルグとは何者か?

へーきでネタバレすることに決めたから気楽に書いてしまう。エルグは、高度に発達した文明を持つ異星人が地球に派遣したスパイ(のようなもの)なのだった。火星のような赤い星は赤色螢星セキショクケイセイと呼ばれている。そこにはアミという超次元的精神体が住んでいて、そこの住人は超能力をだんだん発達させてゆくが、やがて夢魔の力によって滅んでしまう。異星人たちは夢魔の力をおそれ、いくつもの赤色螢星を破壊してきた。エルグは異星人たちに滅ぼされた赤色螢星の住人の生き残り、だから、エルグが火星人でなくとも「ぼくたちは同族だ」という言葉に嘘はないのである。

しかし、これだけネタバレしてしまっても、「エルグとは何者か?」に答えているとは思わない。なのでまだ続く。


散文(批評随筆小説等) 萩尾望都私論その6 私の赤い星2「母への憧憬」 Copyright 佐々宝砂 2004-12-08 01:57:13
notebook Home 戻る  過去 未来
この文書は以下の文書グループに登録されています。
萩尾望都私論