遺言劇
永乃ゆち




風の強い夜路地裏では猫が恋人を探してる

猫も独りじゃ寂しいんだろう

動物も植物も、独りじゃ生きていけない

あたしは窓からその様子を窺って隣で寝息をたてる男にちらりと目をやった

名前も電話番号も知らないいわゆる行きずりの男だ

「劇薬」と書かれた農薬の瓶の蓋をゆるめる

飲むのは私か?この男か?

自分を殺したい衝動に駆られるが

甘えの部分が残っているのか、未練があるのか

男を道ずれにしようとも思った

人は皆泣きながら産まれてくるという

例外もあるが

ならば最期も泣きながら迎えるのが道理じゃないだろうか

なのに一筋の涙も出ない

私の心は冷静で乾いている

涙は枯渇したようだ

猫が鳴いている

甘ったるい声で愛する伴侶を求めて

私はとうとう見つけられなかった

最初で最後愛した男は私を女と見なかった

気持ちを打ち明けても

「どんな気持ちも持ってて良いよ」

とだけ言った

なんて無責任

当てのない恋心を持ち続けるのに何の意味があるのか

私はそんなに強くない

失恋したから自殺しようだなんて思ったわけじゃない

もう何年も前から計画していた

私は地球には合わなかったのだ

どこか他の惑星にでも生まれていれば良かったんじゃないか

あぁ、急がなければ

夜明けがすぐそこまでやって来てる

私の一番嫌いな夜明けが

やっぱり農薬は私だけが飲もう

知らない男とは言え道ずれはかわいそうだ

これで良い

これで良かったんだ

朝日が昇る頃にはすべてが終わってる


自由詩 遺言劇 Copyright 永乃ゆち 2012-05-27 15:21:53
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