湖畔
佐々宝砂

わたしたちは湖のほとりに住んだ、
白い壁の賑やかな寮に住んだ、
壁は雨が降るたびによごれたので、
日曜がくるとわたしたちは、
大騒ぎしてよごれを湖水で洗い流した。

湖のむこうには、
冠雪した峻厳な山脈があった、
わたしたちの誰ひとり、
まだ踏んだことのない、
また踏むこともない、
はるかに遠い土地があった。

山脈の手前には、
山脈に付き従うかのように、
緑むすやさしくひくい丘陵があった、
わたしたちが毎年春には訪れる丘、
チーズとレタスのサンドイッチ、
ケーキとクッキー、
紅茶とコーヒー、
おしゃべりと笑顔と、
それからすこしの皮肉をもって、
わたしたちが訪れる丘があった。

ああ、あなたは覚えているか、
わたしたちは湖のほとりに暮らした、
白い壁の寮で待ち続けながら暮らした、
青い湖水を見やって過ごした、
彼方の山を見やって過ごした、

ある日、顔を洗おうと、
さざめく湖水を見下ろすと、
わたしたちの顔はそこに映っていなかった。





自由詩 湖畔 Copyright 佐々宝砂 2004-12-07 00:13:27
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