欠伸
ホロウ・シカエルボク


真紅の壁を
真っ白に塗り潰すような時間の中で
喉の渇きを覚え、だが
ページをめくる指を止めることはなく
幾つか咳をして
唇を舐める
昨日より冷える気温と
昨日より
緩慢な脳髄
数時間前のカフェインが
身体から抜けきって
ボンクラみたいにフィリップ・マーロウのやることを眺めていた
中途半端な距離の路上で
下衆な連中が道を掘り返してる
割れた声と吸殻で
辺りが汚れる
交通誘導警備員は
自意識があるだけマネキンより始末が悪い
そう思っているみたいな顔で立っている
天気、曇り
午前にはもう少し太陽があった
だけど今日は外に出なかったから
外で起こってることなんかどうだっていい
喉仏のあたりでじりじりとした感触が始まる
おんぼろの給湯器でインスタント・コーヒーを作る
この給湯器は
最高温度で湯を出すとあちらこちらに撒き散らす
熱くし過ぎないように気をつけながら操作しなければならない、そう
ロックンロールを歌うときと同じ処置
インスタント・コーヒーなんかで
喉の渇きは癒せないよと俺の中の野次馬が言う
お前は関連というものについて
もう少し考えてみた方がいいと俺は答える
喉が渇いていたから
コーヒーを入れたわけじゃないんだ
夕刻は一段と素っ気なく
路面電車はまだ
バブルの夢を見てるみたいにやかましい
(工業製品ってだいたいそんなものだ)
学生たちの帰宅時間が過ぎると
窓の外は急に穏やかになる
猿山の猿も
飯時にゃ静かにしてるだろう
俺はコーヒーを飲み干す
じりじりする
欠伸をする
日がすっかり落ちて
窓の外が暗くなる
音楽は昼ごろから
ずっと同じものが流れ続けている
慣れることが出来るものが
愛することが出来るもの
俺は本を閉じる
スピーカーの右と左に耳を澄ます
くだらないことだが単純に生きてる
そんなことが面白い時間だってある
同居人の飼い猫は遊んで欲しくてウズウズしているが
俺には今もってここを立つ気はない
明日しかける目覚ましの時間について考える
別に用事があるわけじゃなし、その通りに起きるわけでもないが
目覚ましを鳴らすことを忘れたら面倒が増える気がする
早く起きないと糞だって出にくくなる
だけど糞の為だけに早起き出来るかといえば
出たくないんなら溜めとけばいいだろうと思うのが現状だ
長期滞在のお客様、ご精算の方はどうされますか、と
俺の中の野次馬がホテル従業員の気取った語りを真似て訊く
あ、えーと、と
俺と糞はそろってもごもごと口ごもる
いつまでも
留まっていられるものでもない
やがては
真っ直ぐに
落ちる





自由詩 欠伸 Copyright ホロウ・シカエルボク 2012-03-19 18:27:34
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