二重蓋の圧力鍋
殿岡秀秋

ぼくは沸騰するスープである
ジャガイモが崩れていく
ぼくは真っ赤に茹で上がる毛蟹である
苦しさに前脚を伸ばして泡を吹く

底から熱せられていて
二重の蓋がかぶさる
重くてもちあがらないで
細い口から勢いよく出る水蒸気

兄が二人いてぼくは末っ子
電機掃除機がはじめて家にきたときも
兄たちが畳に掃除機をかけた後で
ぼくが試しにやってみようとすると
おまえは使ってはだめだ
と次兄がとりあげる
長兄は唇をまげて笑いながら
黙ってみている
ぼくの不満は出て行き場がなかった
数日したら飽きて
ふたりとも見向きもしなくなった
新品の掃除機は手垢に汚れていて
ぼくは触る気になれなかった

田舎にいって古い空気銃を撃ったときも
ぼくは一度撃たしてもらっただけだ
二人が神社の階段で空き缶を狙っている間
ぼくは裏手の林で空想に耽っていた

ぼくの胸の圧力鍋は
二重の蓋でふさがれて
ふつふつと煮えたぎる想いが
いつも鍋の中でとろとろ煮えていた

蓋が外れたのは
体つきに差がなくなった十代の半ばで
二人の兄が抑えつけることはなくなった

重しはなくなっても
ぼくの胸の底に
とろとろ煮えているものがある
いやなことでも
つらいことでも
そこに投げ込んで
溶かしたり
柔らかくしたりして
スープにする

からだに熱がつたわって
新たに
蓋をしようとする相手に向かって
ぼくの眼は
大きく開くのである



自由詩 二重蓋の圧力鍋 Copyright 殿岡秀秋 2012-03-15 17:43:51
notebook Home 戻る