土曜日の決闘
ただのみきや

土曜日
仕事は少し早く終わる
4時過ぎごろバス停に行くと
たいがい彼もそこにいて
いつもと同じことを話しかけてくる

「こんにちは」

  「こんにちは」

「いま なん時」

  「4時15分くらいかな」

「どこまで乗ってく」

  「手稲本町まで」

「おれは星置まで」

「ねえバスなんでまだ来ない」

  「さあ 遅れているんじゃない」

近くの授産施設で働く
知的障害者の男性だ
背は同じくらいだが
いつも上から見下ろすような
それでいていつも楽しそうな
流し目でこっちを見ている

たいてい同じバスに乗り
別の席に座るか立つかして
先に降りるこちらが
車内アナウンスに合わせ
合図のボタンを押そうとすると
 寸前に 彼が押してくれる
彼の方を見やると 
いつも彼は
ニヤリと笑うのだ

知的障害者に偏見を持ってはいない
たぶん
ただ なぜか
バス停で彼を見かけると
いや 見つめられると
時にちょっと嫌な気分になる
彼のななめ上から見下ろすような
視線 いつも嬉しそうなところ
いつも 同じ口調で同じことを
話しかけてくるところ
悪意はないのはわかっている
むしろ好意でボタンも押してくれる
しかし心の中の何かが
反応するのだ

その土曜日も同じことが繰り返された
彼にボタンを押させまいと
身構えて先にボタンを押そうとした
その瞬間
 押された
怪訝な顔で彼を見つめる
彼は ニヤリ と笑っている

わかった
何が反応してしまうのかが
わたしはいつも同じじゃない
ときには誰とも話したくない
ひどく落ち込んでいるときもある
しかし彼は違う
いつでも同じ調子で
いつでも楽しそうで
おかまいなしに話しかけ
おかまいなしに善意をくれる
それが 
憎らしいのだ
そして
彼が善意で押すバスの停車ボタン
彼は私が手を上げてボタンに触れる
その直前を狙ってボタンを押すのだ
善意を繰り出しながら
自分も密かに私にボタンを押させないことを
楽しんでいたのだ
それがまた
悔しいのだ

わたしは決行することにした
不公平の解消だ
わたしだって楽しんでもいいはずだ
その土曜日も
同じ会話が交わされ
同じバスにわたしたちは乗った
違う場所にそれぞれ座りまた立ち
わたしが下車する停留所が近づいてきた

私は昔見た西部劇を思い出していた
それから だいぶ前に読んだ
柳生十兵衛七番勝負を思い出していた
ついにその時は訪れた

次は手稲本町 手稲本町 お降りの方はお知らせください

わたしは 
片手は吊革 片手はポケットに入れ
気づかぬふりを装ってよそ見をしていた
彼はボタンを押さなかった 刹那
わたしはポケットから手を素早く抜いてそのままワンアクションでボタンを押した


そして彼の方を見て
ニヤリ と笑って見せた

その日わたしは
自分を楽しませることと
大人気なさにおいて
彼に勝利した



自由詩 土曜日の決闘 Copyright ただのみきや 2012-01-18 22:03:49
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