大いなる野望 2011年版
salco

 テーマ1   台風15号

 地上を泳いでいるこんな日は、淡水魚の渓流での苦労がよくわかるというものだ。
 尚も傘は無効なのに、長刀なぎなたの如く構える人が圧倒多数なのは、濡れを厭う温血動物の本能ゆえだ。 
 
 体温の死守
 
 こうして人間は嵐の中の野性動物である。
 ただ、傘を放棄しずぶ濡れで歩く人は、潔くはあれ、そのヤケクソは大方ワイルドな気質によるの
 ではない。単に諦めが早いのだ。これを占い師は、短気とも淡白とも颯爽とも呼び分ける。

 傘は視界の確保でもある。
 涙と成分が異なる雨水が目に入ると、刺激で開けていられない。大気中の汚れをたっぷり含んでい
 るという憶測は、これだけの雨量では無効だ。
 でも、いやに沁みるこの要素は一体何だ。今日は勝負マスカラよ? 24時間ウォータープルーフ、
 洗顔フォームじゃ落ちない。
 ファンデもしっかり水を弾いている。純水ってこんなに目に痛いか? 灰汁みたい。やっぱ化学物
 質じゃねえの?

 傘は風防でもある。
 こんな狂風では何が飛んで来るかわからない。各自、安全確保のささやかなバリケードのつもりだ。
 尤も、上方からの落下物には無効であり、とっさの回避は反射神経と運次第だ。何というスリル、
 いや危機的状況。
 
 それに傘は、風向きを誤るとすぐ壊れる。誤らずとも強風というのは逆巻く。
 だから今日は安物の、古くて恥ずかしいやつ。千円だったか。ルーズソックス全盛期のサンシャイン
 シティーで、コギャルに混ざって買った豹柄。てっぺんに小ちゃな穴も開いている、こーゆーのほど
 長持ちするのは何故。
 どうでもずぶ濡れには変わりない。やはり、雨ガッパを見直さねばなるまい。

 
 テーマ2   暴風雨具 

 布帛ふはくのレインコートがどうも好かれないのは多分、防水性が不完全なくせにバサつくからだろう。
 と言ってゴム引きなどはダサいし重たい。

 “ 女性が喜ぶおしゃれ雨ガッパ ”

 これを仮にレインウェアと呼ぶ。
 素材はポリエチレン樹脂にポリウレタンを混ぜ、通気性ゼロだが強度と伸縮性を加味する。
 色、模様は適宜だが、透明が下のファッションを損なわず、いっそおしゃれだ(何故なら人は頭の中
 で概念の読み替えを行なう。「透明(シースルー)」は「無きに等しい」と見做すのである)。

 スカートにはコート型、
 パンツスタイルにはスーツ型、
 ミニワンピやショートパンツにはレギンス型でぴったりと

 これを昨今出揃ったレインブーツに合わせて通勤通学すれば、サウナ効果もあって痩身、美肌によろ
 しい。
 ほのかに蒸れた風情は異性の目をも楽しませるだろう(蒸気の曇りは「透明」を「半透明」、つまり
 「非在」を「存在」に読み替えさせる。「見えそで見えない」のは男性が概ね好む、案件の暫時棚上
 げである。手を出しかねる状態は、男性にとって最も魅惑的だ。同時にそれは女性の毛穴、汗腺の
 「呼気」を想起させ、生理的興奮をも喚起する)。

 頭部は鍔なし帽子で覆う。
 フードは顔で絞るとかわうそ君めき、ブリムがあると風で飛ばされるから、ムスリムの男性や板前が
 被るようなキャップがよかろう。
 
 眼球はたこ焼き大の半球状アクリル樹脂で覆う。
 基底部はシリコンで縁取り、ヌーブラの要領で圧着するのだ。
 すると中は真空状態に近いわけか? すると出目気味になるわけか。水晶体の呼吸は涙が司るんだか
 ら別にいいんじゃない? 敏感肌や厚化粧の私なんかには無理かもな。まあいいや、工業製品の公益
 性とはそうしたものだ。
 無論、ミニミニワイパー付き。眼鏡の人にはゴーグル型で対応する。

 鼻は、強風時にはなかなか便利な器官である。
 高ければ顔面を流線型化して、空気抵抗を弱めてくれる。低い人は、シリコン製の付け鼻を装着すれ
 ばよい(つくづくシリコンが好きだなぁ!)。
 
 鼻梁を船の舳先と見做せば当然、船尾は尻だ。
 スクリューを取りつける。ただ船体と違い、大臀筋は歩行の際に上下運動するので操舵の安定を欠く。
 腰椎で妥協するとしよう。
 となれば当然、ベルトで固定できる。

 着脱随意で携帯ケース入り
 コンコースを歩きながら手軽に装着
 外に出た所でスイッチ・オン

 向かい風にはスムーズに歩け、追い風には腹側に回して踏ん張りを効かせる(風力と推力が偶然にも釣
 り合ってしまうと、ホバリング状態に陥る恐れはあり)。
 もちろん、周囲の歩行者が指など落とさぬよう、安全カバーで覆ってある。

 7〜8時間充電で連続稼働1時間前後
 台湾製か中国製でオープン価格

 ビックカメラ辺りでサンキュッパ程度はどうだろう。
 テレビの買い替えや、憧れのダイソンで掃除に船出すれば、ポイントで買えるではないか。
 店頭で年間降水量と台風直撃率を勘案する消費者 … 売れそうにない。

 そもそもこんな日は外に出ないのが一番なのだ。
 勢力の強い台風上陸の当日は、退社時間を早めてあたらケガ人や帰宅困難者を出す非合理より、最初か
 ら特別有給休暇を下さるよう、企業上層部の英断を促したいものである。

                       
                           〜 完 〜
                                 
                                    2011/09/21


散文(批評随筆小説等) 大いなる野望 2011年版 Copyright salco 2011-12-16 23:25:04
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