三本目
根岸 薫


陽のゆらめくところ
わたしのくるぶしに
流れと温度がある
木陰にいる
水もある
沈む
木の上のほうへ
沈みあがる
すでにばらばらで
ある 長い
肉は、
海の水を掴んで
しかしそこにはもう
五本ともすべてなくなっている が
三本目だった部分の
反対側に
六本目が
微かに
見え、て、いる。
左右とも
浮かぶ 肉


   福岡はその日
   晴れていたし 七月で
   暑かったと思う
   『第七ビル』を訪ねた
   話を済ませ 礼を言い
   建物から出たところで
   T、がいることに気付いた
   家でわたしを
   待っていたはずなのに
   どうしてなのかと
   聞くと
   ただ笑って
   「遠かったよ」
   と言うので
   叱られるのをおそれたわたしは
   素早く翼を広げて
   飛び立ってしまった
   山を越えて
   みなとにおりたったとき
   そこには
   またT、がいた
   「お前に近く」


六本目の隣の指が
八本目だったと思う
Tの脚はわからない
わたしの指だけ
八本だと思う


   それからわたしたちは
   一緒に家へ帰った
   みなとから船が出ていたのだ
   そして電車に乗り
   家へ着いたとき
   わたしは
   「福岡へ行ってみたかったから」
   Tはほほえみ
   「お前は福岡へは行っていないよ。
   あれは東京だ」
   たぶん
   この瞬間に、
   わたしの
   八本目の
   指は
   切断されている。


   記憶はここで途切れている。

   七はない
   七はない


Tは順番を間違えている。
数えるまなこが巡ってしまっている。


   三本目の反対側に
   まだ見えている

   七はない

八本だと思う。

   浮かぶのは肉だけである

   三鷹の駅が沖の波に揺れている

   Tの脚はわからない

   みなとなどもう無いのだ

   六本目が微かに見えている。


浮かぶのは肉だけで
Tは沈みあがることをしない

ここで途切れている。


   無い七も
   ふくめて 八本
   海水を掴む
   またTがいる
   順番を間違えている


福岡はその日
雨であった


   花になると思う。




自由詩 三本目 Copyright 根岸 薫 2011-11-20 21:52:28
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