御伽話その4〜平凡〜
永乃ゆち

氏名、向井隆
血液型、O型
身長、169cm
体重、55kg
好きな食べ物、特になし
得意なスポーツ、特になし
得意な科目、特になし
特技、特になし
家族構成、妻
勤続20年目の平社員




『〜平凡〜』



僕の名前は向井隆。
勤続二十年、中肉中背、趣味特になし。
平凡な男だ。
そうだ。ちょっと変わった?妻がいる。
とにかく飛び抜けて明るくて
隙あらば僕にまとわりついてくるような
僕を笑わせようと必死な。。。
まぁ、可愛い妻だ。
その妻に言わせると
「一つ所に二十年も勤めあげてすごいよ!」
らしいが、僕にしたらなんとなく流れのままに生きてきてら
二十年も経っていたというだけの事だ。
誰だってやってる。特別なことじゃない。
つまり僕は、もう一度言うけど、平凡な男なのだ。
そしてそれを、ずっと求め続けている。
何もなくて良い。特別なことなんか。
『普通』である『幸福』。
妻と知り合って、身に染みている。


妻は。


心を病んでいる。


もう十年くらいになるか。


出会った時にはすでに精神科に通っていて
腕や手首にはいくつもの傷跡があった。

でも妻は元気だった。
元々が明るい性格なんじゃないかな。
僕の前では可笑しなことを言って、よく笑わせられた。

朝昼晩、寝る前。定期的に薬を飲む事が
彼女の支えだった。
僕はいつしか、彼女の支えになりたいと思うようになった。

自信は・・・あったんだ。
彼女も僕を必要としていたし
二人一緒なら、すぐに彼女の病気も治ってしまう。
そう考えてた。


そして。



十年が過ぎた。


彼女は相変わらず、一日六十錠近い薬を飲んでいる。

そして、腕や手首の傷は増える一方で
あの頃無かった首の傷まで深い跡を残している。

結婚一年目の夏。

妻は。



高架から飛び降りた。





僕は自分を責めた。僕じゃ駄目だったのか。
何も分かってあげられてなかったのか。
彼女は下半身を粉砕骨折し三か月の入院となった。
そして辛かったであろうリハビリ。
足には後遺症が残った。

僕は、この凡庸な僕は、生まれて初めて
自分の生きている意味を考えた。
最愛の妻すら守れずに、僕は何をしてる?
その答えをくれたのもやはり妻だった。

「そばにいてね。ずっといてね。ただそれだけで、良いから」



**




あなたが好きよ。
それはどんな魔法よりファンタジック。
そばにいてね。
それはどんな願いより贅沢。
一生よ。
一生一緒にいましょうね。
この約束は誰にも汚せない純粋。
私の声に笑ってね。
私の笑顔にキスしてね。
私の指を繋いでね。
私を私を私を。
愛してね。
一生愛する
あなたに捧げる
これは私の
純愛。



**



妻は調子の良い時は本当に明るくて
僕も普段なら絶対しないような
「おふざけ」をしておどけてみせる。

「どうしたの!?どうしたの!?
今日はノリが良いねぇ!向井君!!」
あ。言い忘れてたけど、妻は僕の事を
「向井君」と呼ぶ。
友達時代の名残かな。
別になんて呼ばれても構わないんだけど。

「君のテンションに合わせてるだけだよ!
こんなにハイなんだよ!?分かる??」

「そっかー。ずげーな、あたし。
自宅で手軽にリオのカーニバル。みたいな?」

「・・・・・・・」

「なんだよー。向井くーん!!」

妻はやっぱりちょっと変わっている・・・。

でも、そんな妻が、僕は大好きなんだ。
平凡な僕がちょっと特別な存在になったような錯覚を起こす。
妻は愛情表現が豊かだから。
やっぱり僕でなければだめなんだと
思わせてくれる。

居てくれるだけで良い。
何もしなくて良い。
ただ僕のそばで、生きていて欲しい。

僕たちはシーソーのようなバランスを保って
愛し合ってる、きっと誰より平凡な
男と女なんだ。



**



君が空を見上げる時
僕を思い出せるよう。
僕はいつも
青いシャツを着よう。
君がどこかで笑う時
僕を思い出せるよう
僕はいつも
君を見つめていよう。
君が涙を見せる時
僕を思い出せるよう
僕はいつも笑顔でいよう。

つまり僕は。
君が好きななんだ。



**



平凡が良い。
妻と二人。
それと猫。
もうすぐ自宅に着く。
今日は雨のせいか道路が混んでいて
いつもより遅くなってしまった。
妻は僕の帰りを待ち侘びているだろう。
何かの本で見た
『リンゴの赤ワイン煮』
を作るとか言ってたな。
美味しいのかな?
妻の手料理はなかなかのものだから
期待していよう。
アパートが見えて来た。
明かりがついている。
妻が、僕を待ってる。



「なぁ、このくるみ割り人形、足が取れてるよ?」

「うん。でもなんとなく捨てられなくてさ」

「ふぅん。あ!こら!シャラン!!外に出ちゃだめだ!!」






観覧車のようにひとつひとつの人生に
ささやかなドラマがあります。
それはちょっと切なくて
ちょっと可笑しくて
ちょっと残酷。
あなたの人生は
いかがですか?

Fin.

御伽話・第一部完


散文(批評随筆小説等) 御伽話その4〜平凡〜 Copyright 永乃ゆち 2011-11-19 10:59:58
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