御伽話その3〜俺はプリンス〜
永乃ゆち

「俺はプリンス」


俺はいつだって

軽やかに舞って

道ゆく人達を魅了する事ができる。

泣いてるお子様も

ふさぎ込みがちな御老人も。

みんな俺の舞に見惚れ足を止める。

たくさんの人に囲まれて舞うのは

それは気持ちの良いものだった。

俺は町のプリンス。

誰もが憧れ

誰もが虜。

広場はパレードの海。

路地裏では怪しい“商売”。

俺はその全てを知ることが出来た。

神出鬼没。

風のように舞いながら

いつだって自由。

俺は町のプリンスだから。

ただ一つだけ、気になる事がある。

俺の舞を遠巻きにいつも見ている

あるお嬢さんの事だ。

ここいらじゃ有名な

富豪のお家柄の

由緒正しきお嬢さんだ。

いつも、悲しい目で

ぼんやりと俺を見てる。

「もっと近くにおいで!」

話し掛けても、ただ少し首を傾げて

遠巻きに見てるだけ。

いったいどういう事だ?

俺の誘いに乗らない奴なんて

いやしないのに!




**




私あなたを少し恨む

私あなたに嫉妬する

あなたはいつだって自由

いつだって輝いて

人を虜にする

あなたのつま先は軽やかで

まるで翼が生えたよう

あなたの瞳は輝いて

どの宝石よりも美しい

私には残酷過ぎるほど

あなたは純粋

私の足は

鎖で繋がれている

そのうち錆び切って

朽ち果てるのだわ

私あたなたが羨ましい

私あたなたが憎らしい

私あたなたが愛おしい

私本当は

あなたになりたかった




**




俺がその事に気付いた時には

もう何もかもが遅かった。

路地裏で商売をしている

ドンのルチーノに聞いた話だ。

俺も何とはなしに、気にはなっていた。

あのお嬢さんの父親が

“商売”に手を出して

どうやらしくじったらしい。

お嬢さんは身なりもボロボロに

北の何処かへ売られちまうってよ!




**




愛してる愛してる

嘘じゃないよ

気付いたんだ

心から心から

今貴女に誓う

貴女は町なかにあってなを

野に咲く花のようだ

清楚ではかなく

凛として強い

貴女の瞳に

僕を映して

貴女の手を取り

何処までも行こう

果敢に攻めゆく

勇者にだって

僕はなれるんだ

だから

だからお願い

僕の為に

笑ってよ

唄ってよ

僕は何にだって

なれるんだ



**





月も出ない真っ暗な晩に

俺はお嬢さんに会いに行った。

俺が逃がしてやる!

いや、いっそのこと一緒に逃げよう!

手を差し出した俺に

お嬢さんはゆっくりと首を振った。

そして静かにこう言った。

「ありがとう。

あなたが好きよ。」

それから少し微笑んで

俺の手をそっと押し戻した。





「ニャーッ」

暗闇に紛れる俺の真っ黒い毛並みを
確かめるように撫でたお嬢さんは
ぽつりとこう言った。

「あなた(猫)になりたかった・・・。」

そうだ。

俺は。




唯の猫だ。

それでも。それでも。

「ニャーオッ」

お嬢さん。
俺。
アンタを守りたかったんだ。




俺は。
急に自分が恥ずかしくなって
夜の闇に逃げ込むように

ひとり、走り出した。

アンタを・・・。





----------------ある日ペルシャ猫のシャランは
同居人のくるみ割り人形が恋だのと言い出すので
忘れかけていた思い出を
夢の中
うつらうつらと
思い出していたのです。
それは、静かに雨の降る
優しい悲しい、夜の事でした。

Fin.


散文(批評随筆小説等) 御伽話その3〜俺はプリンス〜 Copyright 永乃ゆち 2011-11-18 07:47:31
notebook Home 戻る  過去 未来