一本の樹
オイタル

家の裏に立つ一本の樹は
その背に
深い森を持つ

家の裏に立つ一本の樹は
その後ろに
もう一本の樹と
もう一本の樹を持つ
家の後ろに立つ一本の樹は
その背中に
もう一本の樹と
もう一本の樹と
もう一本の樹を持つ

家の後ろに立つ樹は
その後ろに
折り重なる樹々を持つ
樹々は押し寄せ
囁き
重なり
押し返す
重なってなだれ込む
ひそやかな樹々を持つ

樹々は哄笑する
樹々は手を打って踊る
樹々は手を振って重なり
時折隙間から
晴天と曇天とを透かして見せる
とどまらない樹々の爆笑の背後で
森が笑う
森はその後ろにもう一つの森を持つ
森はその後ろに
もうひとつの森と
もうひとつの森を持つ
森の中で虫は生まれ
森の高笑いに虫は身を隠し
鳥は息をひそめ
獣は足音を忍ばせる
虫と鳥と獣が眼を見張るその背後に
もうひとつの森が顔を表す
そしてもうひとつの森と
もうひとつの山と
もうひとつの峰と
山は森を押しのけ
空は山にかぶさり
樹々は深々と山を掻い込み
空の裂け目から次々と
森を吐き出し
森は空を噴き上げ

吹きあがる空の影を
一本の樹の枝が受け止める
樹の枝に森が掛かる
樹の枝に山が止まる
樹の枝に空が映る

一本の樹の枝に
なろうとするぼくの
家の裏に立つ一本の樹の枝に
なろうとする一本の
樹の枝に残る
薄い傷跡のその後ろの
皮を剥がれた
もう一本の樹の枝に
肥った百億の空が
くすりと
笑う


自由詩 一本の樹 Copyright オイタル 2011-10-25 23:28:20
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