人形の瞳 
服部 剛

電車の中で、遠藤先生の本を開き 
アウシュビッツを訪れた日の場面を 
旅人の思いで共に歩く 

   * 

昔、囚人だったカプリンスキー氏は 
黙したまま背を向け 
赤煉瓦の古い建物に入っていった 

(ポーランドの真青まっさおな空の下 
 梢にとまる小鳥等の唄に 
 積もった方々の雪はきらめき ) 

囚人が虐殺されたガス室を出た廊下の 
壁に貼られた無数の人々の写真があり 
モノクロームの過去から、痩せこけた囚人達は
見開いた人形の瞳で、こちらをじっと視つめ――
旅人の遠藤先生は、立ち止まる 

カプリンスキー氏の指がゆっくりと 
無数の囚人の中の 
頭をられた姉の瞳を、指さした 

   * 

本を閉じた、僕の後ろの席で 
白人の幼い姉と弟が 
互いの手足でじゃれあいながら 
車内に笑い声を響かせていた 



 ※この詩は、遠藤周作・十一の色硝子(新潮文庫)に掲載の 
  「カプリンスキー氏」という短編を参考に、書きました。 








自由詩 人形の瞳  Copyright 服部 剛 2011-10-20 20:21:47
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