ここにいないひとに送るピアノについての戯言
佐々宝砂

どうも最近イライラするんだよ僕は
誰のせいかってはっきりしてるけど
言うわけにいかねんだよ
つまりはっきりいやあいつのせいだよクソ

俺は息をとめて夜半にピアノを弾く
ここにきみはいないし
ここにピアノはないんだけど
細かいことはなるべく気にしないでもらいたい
そういや私の一人称はころころ変わるけど
そういうことも気にしないでもらいたい
どうでもいいじゃんそんなこと
ってーか

あいつは知ってるのか
あいつが誰かということを
あいつの名前を
あいつの生まれた土地を
あいつの性別が男だったり女だったりすることを
何を証拠に断言できるんだい
あたしにはできないよ
だから俺は自分について書かないと決めてたのさ
自分を律すると決めてたんだよ僕は
だのにそれを

まあいい
うざいことは考えないでおこう

息をとめて
ここにはいないあなたのために
ここにはないピアノを弾く
すると
俺のまわりに群れ集うのは
アヤシゲなフェアリィたち

なんて書くとあいつはさ
きっと創作だって思うんだろう思いたきゃ思え
勝手にさらせ
あたしはあたしで勝手に行くわい

好みの問題だと思ってるやつもいるよーだけど
そうでもないんだよ
これすなわち世界観の問題であってね
趣味の問題でも主義の問題ともびみょーにずれていてね
俺の世界は
アヤシゲなるフェアリィとエンジェルと
よーかいときゅーけつきと
フランケンシュタインとエイリアンと
まあそういったものでいっぱいいっぱいでね
あいつとか愛とか政治とか
日常生活の哀感とか
そういうものを
いれる隙間はどこにもないんさ

意味わかる?
あいつにはわかんねー
わかんねーなら黙っててほしいよ

しかしきみにはわかるだろう
僕の最愛のひと
男なのか女なのかそれすら定かでない
もちろん住所不定姓名不詳の
もしかしたら人類ですらないかもしれぬひとよ

自分自身を深く掘るとき
私の心に現れてくるものは
どうしてもこの世のものと思われない
それをどうしたらいいのか誰も教えてくれない
それが俺だと主張しても
僕に最も近いひとびとさえ信じてくれない

そりゃあたしだって
こんなものが詩だとは主張しないよ
だけどな
これはほんものだ
この詩はほんものだ
嘘ではない

嘘ではないもの
本質的なもの
自身に属するもの
それが詩なのだと言い張り
自らの小さな世界を紡ぎ続ける幸福な詩人たちに
俺はひそかな訣別の言葉を投げよう

僕は私はあたしは俺は
あいつとは違う
あいつはなるほど詩人なのかもしれないね
それは認める
私はあいつの詩に好意的な評さえ書くよ
そんなことはラクだしねえ
でも

あいつが詩人ならば
あたしゃ詩人でなくてかまわない
というよりも
実際問題として違う人種なんだからさ
無理して同じ名前を名のることもないっしょ
だから俺はわざわざ三流だの二流だの
怪奇詩人だの名乗ってるってのに
ああ馬鹿馬鹿しい

ま とにかく
イヤなことは考えるのやめよう

で俺はまたも息をとめる
一瞬人間でなくなる
身体が文字通り息詰まるとき
ここにいないきみがあなたが闇にあらわれ
ここにないこのピアノが
幽玄な和音を奏で始め
あたりにはほら
水のペリ 炎のジン お喋りする虫たち
それからほら 蹄のあるチーズくさいやつもやってくるし
そうだよ
そうこなくっちゃ
だから詩を書くんだ
詩じゃないとしてもまあどうでもいいんだ
とにかく書きたいもんを書くんだ

これでいいんだと
今夜は思っておくことにする


自由詩 ここにいないひとに送るピアノについての戯言 Copyright 佐々宝砂 2004-11-16 17:08:56
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