眠ることで
岡部淳太郎

眠ることでなんとか赦されているように思えて、夜はそ
のために親しい。けれども、眠れない夜はいつもやって
きて、私を不安にさせる。たとえば石のような硬さと冷
たさのなかで、それでもふるえながら眠ろうとするのだ
が、そんな時に限ってぐるぐると様々な思いを経巡って
しまって、眠れないのだ。そんな長い夜、私には明日は
ない。今日という日がずっと一直線につづいて、それが
明日と名づけられた新たな平面へとつながる、時間の連
続を感じてしまう。少なくともほんの数時間でも眠るこ
とができれば、今日と明日の間に深い切断線が横たわり、
それで新しく見える私を獲得できたような気にもなれる
のだが、寝床のなかで七転八倒して迎える朝にはそれは
得られない。だから私は赦されない。そんな気分で日を
やり過ごさなければならない。地の上にそそがれる火と
水と風のような、それ自体油のような厭わしさ。私はそ
うやって赦されずに、恥を知らずに生きてきたのかもし
れない。その昔、私は妹とよく死について話し合ってい
た。それが妹の生きる姿を消し去ってしまったのだと、
いまになって悔いているが、その頃の私は自らの内側に
降り積もる憂愁の枯葉に倣って、もっとも近しい存在で
ある妹に、そのことを話していたのだった。いまこうし
てもう何度目か数えきれない不眠の夜にまたしても巡り
あうと、狭い部屋の隅から私の横たわる寝床に向かって、
――淳さん、
――淳さん、
と、妹が呼びかける声が聞こえてくるような気がする。
もはや手遅れのこの年老いた心は、それに応えることも
できず、ああ、またしてもこうして、時間と陸つづきに
なって、地から剥がれ落ちていくのだなと思うだけだ。
眠ることでなんとか赦されるように思えたのは、あれは
結局、私のなかの対岸がまだぼんやりと揺らめいていて、
それに近づく準備が整っていないことの、裏側からの証
しでしかなかったのだと思えてくる。ともかく、眠るこ
とでいくらかの疲労は消えるだろうと思って眠ろうとす
るのだが、いまの私にはそれさえも赦されていない。だ
がそれでもなお、不思議なことではあるが、夜は眠るこ
とをあきらめてからであっても、私にとって親しいのだ。



(二〇一一年二月)


自由詩 眠ることで Copyright 岡部淳太郎 2011-03-26 20:09:52
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