水仙の惑い
月乃助

ここには海がないのです
人をあざける海鳥たちの鳴き声のかわりに
杉森をこごえさす雪の白さが
躊躇いもせずに町をみたしている

知らないもの同士が連れ添うような
紅茶のカップを二つ温めながら
他人を見つめる目で
老いはじめた 母を眺めていた

待ちわびる春に
生けられた早咲きの切花の水仙は、紅く口べにをまとい
山からの水をありがたがる
水さえあれば生きられるその単純さに 私はとまどい
妬みながら

生活にからみついたものを切り取るように
必要なものが多すぎて だから必要なものから捨ててきた
母は、ただ笑ってそれで良かったと言う

私の靴下は、どれも片方ばかりで絡まったままなのに

私はまた
母を置き去りにしていく
数え切れないほどの理由をさがしては、
その一つ一つを積み上げ
海のむこうの町をぼんやりと思い出す

すぐに
うつらうつらと まどろみの中に入り込む母は、
もうとうにここに娘がいることなど忘れている

コップ一杯の山水を のどを鳴らし
男が酒をあおるように飲みほせば
水さえあればここでは生きていけるのかもしれない
そんなことを想いながら
水仙になった私は、子供のように眠りこける
母の姿を見つめ続ける







自由詩 水仙の惑い Copyright 月乃助 2011-02-08 16:43:38
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