病棟のメリークリスマス
北大路京介

ぼくが入院してから半年が経った。
11月が終わる頃には、
小児病棟にもスノーマンやら、サンタクロースの人形が置かれたり、
クリスマスツリーやリースが飾り付けられた。

24日、クリスマスイヴ

お昼にナースステーション近くの喫茶コーナーに
聖歌隊が来て、賛美歌を唄った。
ピエロみたいな おねえさんが長細い風船で、プードルを作ってくれた。
サンタらしき外国人さんが、お菓子が詰まったブーツをくれた。
サンタクロースは、夜中に来るものだと思ってた。

  ぼくが欲しいのは、お菓子じゃないのに
 

ノートをハサミで切って、マジックで
『 みんなの病気が治りますように 』と書いて、
クリスマスツリーに吊した。
七夕の笹とは違うことは わかっていたけれど。


夕方、幼稚園の先生がお見舞いに来てくれた。
幼稚園にもサンタさんは来たらしい。
先生にサンタさんからのプレゼントを貰った。
包みをあけるとクリスマスの絵本だった。
「病院にもサンタさん、来たんだよ」とは言えなかった。


夜、お母さんが来てくれた。
お母さんもサンタさんからのプレゼントを持ってきた。
なぞなぞの本と 算数パズルの本だった。
お母さんに買って欲しいと頼んでた本だった。



  いったいサンタクロースは、何人いて
  何人の子どもにプレゼントを届けるのだろう

  いったいサンタクロースは、何を目的に
  どういった子どもにプレゼントを届けるのだろう



消灯時間が来て、お母さんは帰った。
もう何人かの サンタさんからプレゼントを貰ったけれど、
朝になるまでに ホンモノのサンタさんが来てくれるような気がして、
その夜は、ワクワクして眠った。朝がくるのが楽しみだった。
 
翌朝
25日、クリスマス


目覚めても 枕元にプレゼントはなかった。
同じ病室で眠ってた他の子にもサンタさんは来ていなかった。


先生に点滴の管に気持ちの悪い注射をされたあと、
お父さんが来た。
今朝、自宅の ぼくの枕元に
サンタさんからのプレゼントが届いていたのだという。
スペースシャトルの模型だった。
箱から説明書みたいな冊子から すべて英語で、
ホンモノのサンタさんからのプレゼントみたいだった。


お父さんは、ぼくが宇宙飛行士になりたいものだと思いこんでいる。
星や星座の名前をいっぱい覚えている ぼくを見て
幼稚園の将来なりたいことアンケートに
お母さんが、宇宙飛行士と書いたからだろう。
自分が大人になった姿なんて、遠すぎて全然想像もできない。
大人になれるのかさえも。


 お父さんと お母さんが
 別々の日に 別々のサンタさんのプレゼントを持ってきて
 どちらかがホンモノで どちらかが嘘をついているのか

 病院に来た人は
 幼稚園に来た人は 
 
 ブーツのお菓子は
 クリスマスの絵本は



お父さんと お母さんが仲良くはないことは
うすうす気づいていた。
その原因が、ぼくかもしれないと
その原因のひとつは、ぼくかもしれないと
考えたくはなかったし、ずっと目を背けてきた


  いったいサンタクロースは、何人いて
  何人の子どもにプレゼントを届けるのだろう

  いったいサンタクロースは、何を目的に
  どういった子どもにプレゼントを届けるのだろう
 




26日。


お祖父ちゃんがやってきた。
濃い紫色のサンタ衣装でやってきた。

「将棋を教えてやる」
お祖父ちゃんから将棋盤と駒を貰った。
これが クリスマスプレゼントなのだろうか。

お祖父ちゃんは、椅子に座るとミカンを剥いて食べ出した。

「おじいちゃん、クリスマスは昨日だよ」
「知ってるよ」

「おじいちゃんが子どものときにもサンタさん、来た?」
「ばかやろー。 わしがサンタじゃ、ばかやろー」

濃い紫の色は、一番格が高いらしい。
壱万円札に描かれてる人・聖徳太子が大昔に決めたらしい。
赤い服は五番目で、将棋の駒でいえば、銀将みたいなものだと。

お祖父ちゃんが偉いサンタさんだから、
何人かのサンタさんが、ぼくにプレゼントをくれたのかもしれない。

お祖父ちゃんが昨日の写真を見せてくれた。
コアラを抱いたオーストラリアのサンタさん、
両サイドにスリットの入ったボアのついたチャイナドレスにハイヒールの
色っぽい香港のサンタおねぇさん、
インド、バングラディッシュ、ニュージーランド、シンガポール、
コンゴ、イタリア、オランダ、アイスランド、アメリカ、カナダ、
パプアニューギニア、ブラジル、チリ、アルゼンチン
世界各国のサンタさんの写真。
馬に乗ったり、ゾウに乗ったり、ラクダに乗ったり、イルカに乗ったり。
波に乗ったり、風に乗ったり、海に潜ったり。
子どもたちに囲まれたり、子どもを持ち上げたり、子ども達に持ち上げられたり。

世界中に たくさんのサンタさんがいて、
そこにいた子ども達には笑顔があって、

ふだんは得体の知らない闇に脅え泣いているのかもしれないけれど
写真に映る人たちは、楽しい笑みに溢れてた。


何枚かの写真には メッセージボードを持ったサンタがいて、
英語で書いてあったから、そのときには 解らなかった


年明けに退院できて、卒園式も終えて、
小学校を出て、中学生になって、英語を学ぶようになった ぼくは

あの日の写真は、引き出しにあって
メッセージが読めるようになって

『 病に打ち勝て! 』
『 病気に負けないで! 』
『 オレんとこ遊びに来いよ! 』

世界のサンタが ぼくを応援してくれてた。



あの日から ぼくが将来なりたいものは サンタクロースになった


まだまだ下っ端のサンタクロース。
赤い服を着られるようになるのにも あと30年はかかるだろう。


いつか 濃い紫の服を着て、孫と将棋を打てる爺になりたい
 
  


自由詩 病棟のメリークリスマス Copyright 北大路京介 2010-12-23 06:42:46
notebook Home 戻る  過去 未来