妖精
裕樹

 箱の中に妖精を飼っている、と男は言った。
 男が言うには、妖精には性別はないのだそうだ。
 そんなことを書いている文献もしらない。妖精がどういう姿なのかも知らない。
 男は歌うように言うのだ、妖精には羽がないのだ、と。
 よくあるイラストのように美しい姿ではない、という。
 まるで芋虫のように手足のない形で、ゆっくりと動いているのだという。
「それがすごく美しいんだ」
 と、男はうっとりという。
 見るかい?と聞かれたが、私はそれを丁重に断った。

 その夜のことだ。
 私は夢を見た。
 夢の中で男は箱を持って立っていた。
 その箱をやおら床の上に置くと、さあおいで、と手招きをする。
 私を呼ぶのではない、箱の中のものを呼ぶのだ。
 ゆっくりと箱のふたがあき、その中から何かが出てきた。
 それは白い物体であった。
 手のような形をしていると思ったが指はない。
 白い肌のそれがにゅるりと出てくるが、手ではないのらしい。
 指もない。
 指もないのだから爪もないのだ。
 にゅるりとでてきて、ようやく全体が見えてくる。
 それはまるで長く白い袋のようだが、どことなく人間めいた輪郭があった。
 手足首のない、まるで胴体だけのような形のそれは、伸縮しながらゆっくりと箱から出て、男の下にきた。
 男は愛しそうにその塊を抱き上げて、まるで恋人にするかのように口付ける。
 顔などないその塊が艶かしくうごめいた。
 私は、それをじっと見ていた。
 男は外套を脱ぎ、シャツを脱ぎ、全裸となってその塊を抱きしめる。
 性交など出来るわけもないのに、ただ愛しそうに抱きしめ顔のないそこに口付けるばかりだ。
 私はそれをじっと見ていた。
 時折痙攣するかのようにうごめくその塊を見て、ああ、アレを妖精というのか、と思ったのだ。

 そして目覚めたとき、夢か現実か解らない気分に包まれていた。

 しばらくののち、男は行方知れずになった。
 どこに行ったのかは解らないが、私は男のことも妖精のことも忘れてしまっていた。
 2ヶ月ほど過ぎたあたりだろうか。
 男から荷物が届いた。
 それは男が持っていた箱よりふた周りほど大きな箱だった。
 箱の中には箱が入っていた。
 男が抱えていた箱よりこれも当然大きく、そうして断然重かった。
 手紙が添えられていた。

「大きくなりすぎたので、もらってください」

 とだけ書いてあった。
 何を?
 箱を振り返り、私は思う。
 妖精。という文字が頭に浮かぶ。
 私は無意識で夢の中の男のように、そっと箱に手招きをした。

 かたり、と音を立ててその中に白い塊を見た気がした。



                          終


散文(批評随筆小説等) 妖精 Copyright 裕樹 2010-11-29 14:52:22
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