そんなに長い眠りじゃなくてもいい
ホロウ・シカエルボク





冷えた血は黒いのだ
おれの凍結した暗がりにしがみつく、名も知らぬ男の死にざま、光のない時間の、光のない死にざま…残されたものの中におまえの真意を探した、しかし
そこにあるものはおぼつかない足どりとはやい呼吸のみで…
おまえが決して見ることの出来ない、おまえについて書かれた言葉たち、回線のなかでこんがらがって…
おまえの呼吸がつまるときの音、すべての弛緩のあとに流れ出るものの音、隠された顔、明けてゆく空…


冷えた血は黒いのだ
いまは、自ら絶たずともおまえのような誰かがそれを教えてくれる、たったいちどの思いを、抱いて…
わかるか、いくつもの文節がおまえについて話しているんだ、このおれもそのなかのひとつだ


同じリズムの呼吸をもっておまえが残したものを見つめた、何に対する…何に起因する気分なのかと、そんなことにとらわれながら…ベランダにぶら下がるおまえ、洗いきれなかった汚れもののように…揺らぎもせず…


おれは呼吸をしながら、まぶたを揉み、顔を撫で、口に手を当てて息を感じ…
おれの住処のベランダを見る、あそこには
吊るには手ごろな金具がある、もしもおれがその気になれば、あいつよりもずっと楽にそうすることが出来るだろう


おれは呼吸を感じる、おれの人生には
そんな衝動が入りこむ余地はないだろうけれど
物干し竿にぶらさがる名も知らぬ男、だけどそれはなぜか気心の知れた男のように思えて…
おれはヘッドホンをはずし、連続し続ける瞬間である生きた世界に耳をすませる、あの場所と同じように暗闇を駆け抜けてゆくエンジン…それから静寂


動かなくなったそのときが
いちばん生きてるみたいに見えた
なにもかもなくなって
垂れ流しはじめてからが


終わるときにきっと始まるものがある、ベランダの向こうがわに向いてこと切れた、あの男はきっと、朝がはじまるときを見たかったのだ、おのれの浄化を誰かに任せたかったのだ、神のみもとに身を投げだすすべなき連中のように…だけど汚れた亡骸では、天国じゃ引き取っちゃもらえないだろう


おぼつかない足音のエコー


さっきまで聴いていた、ロッカ・バラードが耳の奥でくすぶっている、おれには選べない、うたえるうちに断ち切る終わりなんて…世界は変質する、純潔に偏執して…汚れない者は風呂に入らない、垢の浮かない人生などない


寒くなるせいか、すぐに床に入りたくなる、身体はすでに横になりたがって…今夜の眠りはどうだろうか、猫のように何度も目覚めたりはしないだろうか、おれの真摯さなどたわむれに過ぎない、裏で出す舌があるからこそおれは生き延びてきたのだ


動かなくなったそのときがいちばん生きてるみたいに見えた
なにもかもなくなって垂れ流しはじめてからが…つまりやつにとっては


なにもかも投げ出すことが
生きるという結論だったのだ





眠るよ
眠る





自由詩 そんなに長い眠りじゃなくてもいい Copyright ホロウ・シカエルボク 2010-11-12 00:50:10
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