台東区の女
はだいろ

雨。
ソープ通いも濡れる街角。

五千円札を大切にね、って、
ずっと前に遊んだソープ嬢に別れ際に言った。
吉原まで歩いて行くと、
途中に樋口一葉の記念館がある。
「たけくらべ」を思いっきり、
現代っ子に意訳して、余った時間で話してあげたのだ。

超売れっ子ソープ嬢を姉に持つ少女みどりは、
やがて自分もソープ嬢になる運命にあるけれど、
今は小学生の教室の人気者。
華はあるし気っぷもいいし。
そんなみどりと、密かに思いを寄せ合うのは、お寺の息子の信さん。
凛としてきれいな少年。
けっしてむすばれない運命のふたりは、
はかなくせつないすれちがいの気持ちの、
永遠のむすびめを胸に、
ある日子供でいることに別れを告げるのでした。
おしまい。


実は、そのときのソープ嬢は、
指名した女の子が急に休んで、振り返られた女の子だった。
ぜんぜん好みじゃなく、
がっかりだった。
そして、今日やっと、
お目当ての女の子と、遊ぶことができた。
そう言ったら、
眼を丸くしていた。
上野公園のそばに住んでいるというから、
ご近所さんだね、って笑った。

普通に楽しく遊べたので、
よかったよかった。
幸せって、いつかとてつもなく輝く朝を、
想像できるってことだよ、
っていう話をした。
そんな朝を、想像できないひとは、不幸せなんだ。
でも、
いまがどうあれ、想像できる人は、幸せさ。
そうだよね?

鴬谷まで、
吉原のお店から、車で送迎のサービスがあるのだけど、
雨の街を、
どう走っているのか、よくわからない。
実は、東京に、吉原という地名はない。
地下鉄にも、JRにも、
吉原という駅はないのである。
みどりや正太郎が遊んだ町は、
今では蝶ネクタイの兄ちゃんが呼び込みに立つ町だ。

駅からは、
歩いて帰る。
きょうは谷中もおまつりだ。
つくづく、いい街に住んでいるんだなあ、と思う。
恋人がいたら、どんなに、
楽しいだろう。
仕方がないから、ひとりで歩く。
ひとりでないような朝を、
輝く朝を、
想像しながら。








自由詩 台東区の女 Copyright はだいろ 2010-10-09 21:38:02
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