月の晩には
salco

月の晩には誰も知らない小さな島が
沖の静かな呟きの上に姿を現わす
まるで忘れ去られた溺死の骸が
呼ばれて浮上したように

月の晩には紅い魚が青いヒレで
黒曜石の水をかき回す
眠る白砂が舞い上がり、それから幾千の
卵がそっと隠される

月の晩には尖塔の上で誰かが鳥になり
手紙を残してどこかへ消える
捨てられた女は独り寝のベッドで悶えて狂い
経血で染めたドレスで街をさ迷う

月の晩には砂浜の波打ち際で貝殻が
遠い日の思い出を音も無く唄い出す
街外れのゴミ捨て場では踵の折れた
白いパンプスが発光器官の熟成を進める

月の晩には打ち捨てられた人形が
風雨に溶けたセルロイドの顔の
目玉の無い目から涙を流し
寡婦達は二度と来ない昼間を想い、
窓辺の老婆の耳の中で、
壊れたオルゴールの蓋が開き・・・

月の晩には街の空をテレビが飛ぶ
接続されぬ無重力の画面には各々の
失くした物が写っている
「うちの子はいませんか」
月経もとうに絶えた母親が胎盤を引きずって
産院の戸という戸口を訪ねて回る

月の晩には月の晩には
切り取られた白い乳房が
食卓の上で水蜜桃の香りを放ち
故郷の森に咲く淡紅色の下がり花と
交信を始める
誰にも聞こえぬレコードが
動かぬターンテーブルの上で回り出す

Leise flehen meine Lieder
Durch die Nacht zu dir;
In den stillen Hain hernieder,
Liebchen, komm zu mir!


Komm, beglücke mich,
Komm, ich
Komm, ich
Komm, ich 
Komm, ich …




Ludwig Rellstab
Franz Peter Schubert
Ständchen Schwanengesang Nº1


自由詩 月の晩には Copyright salco 2010-06-24 00:01:46
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