鳩の飛ぶ夜
竜門勇気


生命の倫理が何億回入れ替わっただろう。
この僕が属する宇宙の最小のクォークが更新される度におもう。一つの認識が一体いかなるものか、誰にとって意義あるものか。
それほど貧しくなければ宇宙の端を土曜日に観察し、日曜の午後には軌道エレベーターのファミリーレストランで子どもたちのちょっとした不満に耳を傾けられる。
こんな狭い世界に何を求めて危険を冒すものがいるだろう。
いや、そういえばこの前ルナリアンのイカれた科学者が次元の壁を越えようとして木っ端微塵になったとニュースでみた。

生命の倫理が何万節継ぎ足されただろう。
この僕が属する銀河で原子番号が増える度におもう。統一された認識が一体いかなるものだろうか、誰もそのことについて触れないのは何故だ。
それほど貧しくなければ常温核融合炉から発する、チェレンコフフィルターを通したぼんやりした照明に映し出された第57版自由の女神を誰もが眺めることが出来る。
こんな自由な世界に誰が世界を広げてまで、驚きを求めるだろう。
いや、たしかこの間近場のブラックホールにワームホールを見つけたと科学者の一群が氷漬けになって出発したと官制の無線で聞いた。

生命の倫理に何度がっかりさせられただろう。
この僕が属する星の上で、知的生命体の存在が濃厚な星系へのアクセスはなんども稟議されたが未だコールドスリープからの生還率が98%を超えないので、おそらく永遠に行われない、冒険への憧れを満たすだけの稟議だと僕はおもう。
ある科学者は、「ならば余分に人を積めばいい」と言った。
それほど貧しくなければ脳幹以外はLSIと代換生体で修理ができる。
こんな安全な暮らしに誰がETを待っているのだろう。
いや、まさかとは思うが最近コールドスリープを行う業者の管理区域でテロが相次いでいる。

生命の倫理は何度僕を裏切っただろう。
この僕の住んでいる国では、まだ生体部品を使った医療が認められていない。
肝臓や、腎臓なんかの一部の臓器が保険も適用されず馬鹿高い値段で提供されているだけだ。
その代わりクライオトロニクスが世界のどの国より早く国営化された。医療費自体は高くなったが、死者は減った。法的には死んでいない眠れる国民が毎年、何万と姿を消していく。
それほど貧しくなければ人間は90年で土に還ることが許されていた。
人は癌とスキゾフレニア症等治癒が難しい病に罹れば場合によれば数千年をまたにかける事を許されるのだ。
いや、例外もいた。大きな権力を持つものや、大きな才能を持った科学者たちもまたひっそりと氷の中へ消えていった。

生命の倫理はどれだけの死を無視してきただろう。
この僕の住む地域では生体間移植を受けられない。
一定の年齢を過ぎていなければ、どんな臓器であれ手術を受けられないのだ。
裕福な人種は、まだそんな規定のない国に赴き金にモノを言わせ臓器を手に入れてきた。
肝臓や腎臓。果てはまだ生きている人から心臓を買い受けたという。
それほど裕福でなければ、それはできない。
それほど貧乏でないだけなら、病名を知ること無く死んでいくそうだ。
いや、例外がある。だがこの例外は言いたくない。


散文(批評随筆小説等) 鳩の飛ぶ夜 Copyright 竜門勇気 2010-05-13 03:03:51
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