終わりのブリキ
しろう



いかなる根拠によるものか
今日が終わりの日だと分かった

朝日が昇る前
空が浅葱色に縁取られるのを
眺めているうちに知らされた
今日という日が
遠すぎる晴天になることだけは
あらかじめ知っていた



まだ涼しいうちに
ポケットに集め続けた種を
砂丘の砂だけの層を掬って
ぜんぶ植えることにした

種も
種の種も
種にならない種も
種でさえない種でさえも

ここは
ほほえみの丘
と呼ばれていたので
かつては
たくさんの人がここで笑ったはずだろうし
笑わなかった人もたくさんいたことだろう


太陽が南中する頃
もうブリキが錆びる心配はいらないから
関節という関節のギアの溝まで
海を浴びてみることにした

波も
波の波も
波にならない波も
波でさえない波でさえも

ここは
さよならの海
と呼ばれていたので
かつては
たくさんの人がここで別れたはずだろうし
別れなかった人もたくさんいたことだろう


夕暮れが暮れ始めて
立つものがみな傾いてゆく
稜線に引っ掛かってふるえている
太陽を追って坂を駆けた

影も
影の影も
影にならない影も
影でさえない影でさえも

ここは
はばたきの坂
と呼ばれていたので
かつては
たくさんの人がここで飛び立ったはずだろうし
飛び立たなかった人もたくさんいたことだろう


空に星が満ち満ちて
幽かな灯と鏡合わせの天と地で
夜風がきれいだったりするもんだから
吊り橋の真ん中に立った

風も
風の風も
風にならない風も
風でさえない風でさえも

ここは
しあわせの吊り橋
と呼ばれていたので
かつては
たくさんの人がここで満たされたはずだろうし
満たされなかった人もたくさんいたことだろう


たくさんの人が生きて
生きた人がたくさんいた

その終わりの日に
言いたい言葉なんて
なかった



世界に名前がなかったから






自由詩 終わりのブリキ Copyright しろう 2010-05-02 20:51:47
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