魂風船
敬語


息を吐き出すつもりが、誤って魂を吐き出してしまった不器用な僕。

慌てて捕まえようとするも、当然ながら実体のない魂は触れることはできないし。
だけど、もし触れられたとしても不器用な僕には捕まえられるはずもないし。

どうすることもできずに、ただただヘリウムが詰め込まれた風船の如く空へ、ふわりふわりと漂っていく魂を見送るばかりであった。


しばらく呆然と眺めていた僕だったが、魂風船が雲に到達しようとする頃には我に返り、とりあえず声を掛けてみることにした。
だって、あれは僕な訳だし。

「おーい、おーい。僕の魂よ。君はどこに行くというのだ?」

返事はない。
勿論、返事がくるとは思ってはいなかったが、少しくらいは反応を期待していた。
しかし、反応もない。


期待を裏切られた僕は少し躍起になって、もう一度声を掛けてみた。
ただし今度はもっと大きな声で、さらに大きく手を振りながら。

「おーい、おーい。僕の魂よ。君はどこに行くというのだ?」

すると魂風船は僕の声が届いたのか、ふわりふわりと降下を始め、僕の頭より少し高い位置で停止した。
先程の失敗の後だ。勿論、期待していた訳ではない。
だからこそ、この行動にとても驚き、驚き過ぎて再び呆然と眺めるばかりであった。


そんな状況がどれくらい続いたのだろう。
いい加減に痺れを切らせたのか、僕の魂は唐突に話し始めた。
声帯も口もない魂なのにも関わらず。

「久しぶりのシャバだから、ちょっと世界の変化を見に行こうとしただけだよ。また、その体の中に戻る前にさ」

それを聞いた僕は安心した。
また僕の体に戻ってくるなら心配はない。

だったらと思い、快く送り出してやることにした。またには魂だって息抜きも必要な訳だし。

「なら、僕は止めないよ。いってらっしゃい。楽しんでおいで」

了解の証か、一度上下に大きく揺れてから、再び風船となった僕の魂はぐんぐんと上昇していく。


しかし、数メートルくらい進んだところで一旦急停止し、僕の方を振り向き、ぼそっと呟いた。

「ところで、魂はこっちにあるというのに体が動いているのは何故なんだろうね。まぁ、いいけど」

そして、今度こそは雲を通り過ぎ、姿が見えなくなるくらい高くへ行ってしまった。

その様子を笑顔で見ていた僕は、先程の魂に負けないくらいの小声でぼそっと呟き返した。

「確かにそれもそうだね。よし、君が戻ってくるまで考えてみるとしよう」




自由詩 魂風船 Copyright 敬語 2010-03-05 22:44:04
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