我らが日々を荒涼とするのか、老兵よ!
真島正人


目をそらした
愛の数は数え切れない

唇はいつも
濡れてふるえていた

恐ろしいもの
巨大なもののざらつきを

指先は認識していた

冷たい水の中に
氷を入れて

指を差し込むことに
似ているのだ

私はうれしかった
うれしくなるとなぜか
涙がこぼれた



でもそれは
ただの壁に過ぎなかった

壁の落書きは
日毎に変わっていった

変化と
変容

似ているようで違う
二つの言葉に

混乱するうちに私の
青春期は終わった



見えないものが
夜を切り裂いた

それは声でもあり
声でないこともあった

血液の中にも
声が潜んでいた

16歳の少女の胸に
耳を当てた
18の夜に

私は知り尽くしていた
細胞のこと
破裂のこと
愛のこと
器官のこと

それらすべてが
亀裂によって交わり

性の行為は
「崇高」に支配された



裁断されたのは
夜の街燈

私が目指したものは
干からびた海だった

照らされた光が
良いものであるのか
知る術もないが

やがて微笑んできた

分析と統計が書きこまれた
薄い書物が



喫茶店の一室だった

そこが私の部屋だった

逃げ込むことしか出来ないうちに
私は大人になった

私の体は
冷房の沁みのような
風に汚れ

私の瞳は
くすんでいた

私は叫び声をあげた

それが山彦になって帰った

私の遠い山は

いつも崩れていた



手のひらに砂はいらないと
友人の一人がつぶやいた

私は手のひらに
深い海が欲しかった

連絡網は
途切れていた

この世界と
私を結びつける紐は
薄くて美しい絹の糸だ

私は
欲しかった

電気とエーテルで
こさえられた鋼の
立体が

私はそれを
通じて
電話したかった

誰でもない
誰かに



朝が来て
私は起こされた

私の体には
水分が

空には
ちゃんと空が

あった

私の深い安堵は

私の体を伝い

この世界の湖に
沁みこんで行く

私が投げかけた波紋は
私という形たちをなして

そしてやがて同化するだろう

理を
書き込んだ
英知の書物が
すでに教えている

途切れ得ない暖かい波



こめかみが痛い

心が
疲労している

そして途切れた線は
私を締め付ける

なんだ、
目が覚めて改めてみると
これはただの
針金の線だ

私の大切な線は
別にある



我らが日々を
荒涼とするなかれ
老兵よ!

誰かの
つたない呟きが

投げ捨てられた!

ここは深い夜

漆黒の
波のさなかの
夜の小道だ

私は振り向いた

胸いっぱいの郷愁と
愛と
戸惑いをこめて
振り向いたのだ!

そこには誰もいない

投げ捨てられた
つぶやきだけが

宙に漂って
やがて消えた。

あぁ
これも

ひとつの愛だ!




自由詩 我らが日々を荒涼とするのか、老兵よ! Copyright 真島正人 2010-03-05 03:38:25
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