マロニエ通りを歩いた頃
瑠王

坂の途中で電車を眺めたあの頃の独り
緩やかなカーブで、芳ばしい匂いのするwindsを過ぎて
ブランコのあるLEMONが見えてくる
手前の鞄屋のおばさんに声の要らない挨拶をして
少し早い時期に紅葉するマロニエと、呼応して色づく蔦の学舎
そしてアーチを抜ける際に響く靴の踵
錆びて開く度に船みたいな音を出す重い窓
暗い講堂の隅のアップライトのピアノ
創立者の霊が出ると云われた仮眠室
大きな壁と風変わりな建物に囲まれたビルの隙間の光庭で、
僕らは木洩れ日のように名乗りあった
影で生きた故に光を知っていた皆の誰もがあの庭で踊った
踊りにきたんだ

いつも何処かに音楽があって
学食の眼鏡にいさんはよくそれを聴きにきた
夕暮れには必ずタングが太鼓を叩いた
誰かはカリンバを
誰かはビリンバウを
そして誰かはアトリエの椅子を叩いた
そうやって暮れるまで、僕らは何度も何度も踊った

やがてマロニエ通りに赤よりももっと紅がくると、
学舎もまた色を変えた

いつも逃げ回っていた葉っぱ売りのロッキーは、
自宅の玄関で父親が正座をして待っていた
賭博士だった陶芸家は一枚の絵を残して山に帰ってしまった
お菓子好きの宝石商は波を越えるために、
大好きだった漫画を全部売って10kg痩せたらしい
苛めから立ち上がったラッパーは丘の上で歯をみがいている
大地に魅入られたタングは本当に一本の木になってしまった
太陽に嫌われてしまった君は、
君は、今では靴職人だと聞いた
通りから少し外れた小さな店で、
冬が来たらボルシチを飲もうと約束したのを覚えているだろうか

僕はと言えば、まだこの道を歩いている
ジェンベの音が聴こえた気がして不意に悲しくなったんだ
アーチはまるで石碑のように眠っていたよ
タングと名づけられた小さな木も

闇の中で窓がひとつだけ寂しそうに開いていた
だから少しだけ不安になって、ちょっと聞いてみたんだ
そしたらちゃんと返ってきたよ
どんな答えだったかは内緒
いつかの手紙にそっと、記しておくよ

ただ、これだけは言える
僕らの世界は散り散りになってしまったけど
あの通りのマロニエが、いつまでも
いつまでも忘れることはないだろう、と





自由詩 マロニエ通りを歩いた頃 Copyright 瑠王 2010-02-25 01:07:52
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