聖画の顔 
服部 剛

押し寄せる人波の列の後ろで彼は、ぽつ 
んと独り、展示硝子ガラスの前を移動する人々 
の隙間に時折ちらっと見える、聖画の顔
が遠くから、自分に何かを囁く声に、耳
を澄ましていた。驚くべきものの現れを
期待して、首を伸ばす人々の賑わう夢か 
ら覚める瞬間、硝子の前の人々は消え、 
頬のこけた聖画の顔は彼に、口を開く。 
(どんなに深い夜の淵でも、私はあなた
と共にいる・・・) 

美術館の外に出て、煙草を吹かす彼の鼓
膜にいつまでも木霊こだまする、あの不思議な
声。遥かに遠い昔から彼の名前を呼んで
いる、懐かしい声。吐き出す煙の昇って
消える曇り空を仰ぐ彼は、自らの内にい
る、きりすとの顔を思った。 





自由詩 聖画の顔  Copyright 服部 剛 2010-01-27 23:04:27
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