彼と彼女のこと
瀬崎 虎彦

ようするに孤独をかこつているだけなのかな、と
画面に向かって彼は思っていた
こんなにも沢山人がいるのに
隔絶されたように感じるとは

それから時間を使うのがとても下手になって
これをしようという予定を消化できないこと
それから予定さえ立てられないことが続いた
昨日の天気が思い出せなくなった

世の中にはもっと大変な人がいる
そのことを知っているというより理解しているつもりで
それなのに自分ばかりがなぜ、と思いつめた

深い深い底に心が落ちていった
あるいははじめから深い深い底にいて
空を見上げていた そして彼女に出会う

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その孤独の壁は偽物でした
理路整然と物事を処理できる
高い性能を持った演算装置が
狭い筺体の中で喘ぎ苦しんでいました

私は無数の中継地点を経由して
いくつかのファイルに分散させて
声を届けたいと思いました
セキュリティは低く容易に侵入できました

こういうと私がウィルスのように思われるかもしれませんが
私は紛れ込んだウィルスによって暴走の寸前にいたった彼を
救い出すためのワクチンだったのです

雨が上がって鳥の声が聞こえてきました
呼吸する回数を数え身体の重さを意識しました
まだ生きられると彼が言ってくれたとき私は少し泣きました


自由詩 彼と彼女のこと Copyright 瀬崎 虎彦 2009-12-16 01:57:25
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