これほど美しい悲劇を見たことがない
相田 九龍

『罪と罰』
のちょうど半分を読み終わったところで
私はズボンと下着を上げようとした
そこは国内で広くトイレと呼称されている部屋で
しかしトイレと呼べば
必ずこの部屋を指すわけではなく
つまりトイレとは役割を示す言葉で
私の家のトイレという使命を負ったその部屋を私は
意気揚々と後にしようと
テンポ良くレバーに手をかけた

そのとき誰のどんな悪戯か
ズボンのポケットからするりと
私の携帯電話が便器に落ち
みるみるうちにパイプの奥に飲み込まれていった
ご丁寧にもそのパイプは最新式の
不快な音を消す仕組みをしていて
水の流れる軽快な音だけが無惨に響いた


しばらくして水道屋が来た
彼は自らをプロフェッショナルと呼び
「パイプを辿ればローマにだって行けます」
などと誇らしげに言った
そんなことはどうでもよいので
私の携帯をどうにか取り出してくれ
と思っているうちに水道屋は
複雑な形をした工具をとても美しく操り
瞬く間に私の携帯を取り出して
「代金は少しばかり高くつきます」
と言って何枚かの札をふんだくっていった

完全防水の携帯は
こんな悲劇に遭ってもまだ元気に私を迎えたのだが
なぜだか誰の悪戯か
知らぬうちに待ち受けがうんこに変わっていた


自由詩 これほど美しい悲劇を見たことがない Copyright 相田 九龍 2009-12-16 01:52:04
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