海水浴場
北村 守通

猫が浮かんでいた
足跡は
浜辺には残っていなかった
腹が膨らんで
それでバランスを保っていた
その下に
エメラルドの群れが
見え隠れする

猫の首は
だらしなく折れ曲がり
海底を見下ろしていた
海面という
界面を介さずして
直接見下ろす
その不気味さを
思い出すと
脂汗がにじみ出てくる様だった
掌を
確かめてはみたが
幸い
湿ってはいなかった

エメラルドの群れは
時折入れ替わり
猫の陰から出て行った者たちは
より深い場所で待ち構えていた者達によって
界面へと追い込まれ
時折
界面から飛び出してはみたものの
海底の方向から拡がる波紋の中に消えていった

猫は
海面という
天に召されて
海底という下界を見下ろしていた
しかし
それは空の途中であって
空であって
空ではなかった
本当の空は
私にも届かぬ
はるか彼方の頭上にあって
それもまた
やはり
空であって
空ではなかった

この後
たぶん
猫は海底という
新たな下界に戻り
その体を構成している
有機物たちは
輪廻転生していくはずであった
あるいは
浜の砂の上で
輪廻転生していくのかもしれなかった

質量は
保存され
失われることはなかったのである


自由詩 海水浴場 Copyright 北村 守通 2009-11-09 00:46:00
notebook Home 戻る  過去 未来