そんな背中なんて見ない
佐々宝砂

ひとり入ったいつものスナックで
私は少し怒っている
はじめて会う客の唄声が耳につく
頼むからひとりでデュエットをやってのけるなよ
それってもう長いこと私の十八番おはこなんだから

見れば
私と髪の長さが同じくらいで
それを安直に素っ気ないゴムで束ねていて
私と同じようなアーミーハットかぶって
腕の太さも私とあまり変わりがなくて
声域すら私とほとんど同じで
背格好だって
いや私よりほんのすこし背が高い

あっちを観察してるのに気づくと
こっちにウインクしてのけるので
また腹が立つ

腹立ったまま
こっちもひとりデュエットをやって聞かせる
男の声も女の声も私には出せるさ
きみだけじゃないぜ

誰が席を移動したのか知らんけど
いつのまにか隣にいる
少し話をしてみる
同じ歳で同じ月の生まれで
私と同じ工場労働者で
ギャンブル嫌いでドライブ好きで
わりと几帳面で
のんべえなわりにきちんと働き
部屋にはゲームとマンガが散乱していて
つまり私と莫迦さ加減がちょうど同じくらいで
などという知りたくもないことを知る
というかわかる
訊く前に知ってる
ような気がする

いらいらする
滅法いらいらする
あんまりいらいらするから
もう二度と会いたくない
会ってたまるか

あんなやつ先に帰ってしまう
きっと帰ってしまう
予測した通り帰ってしまう
そんな背中なんて見ない

そんな背中なんて見ない
帰ってしまう背中なんて
でももう一度あの声を聴きたい
もう一度

こんなの間違っても恋ではないぞ
うん
絶対違う
ぜーったい違う
うん

もう一度あの声を聴きたい
ただそれだけのことさ


自由詩 そんな背中なんて見ない Copyright 佐々宝砂 2004-09-04 10:10:42
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