「エリンギ」
ベンジャミン

ある夕方

妻が台所でエリンギを持って立っていた
しげしげとエリンギを眺めている
じっくりと観察しているようにも見える

よりによってエリンギだったので
エリンギを握っている妻の手が
わたしの想像力を刺激してしまう

(エリンギだよ エリンギなんだよ)

エリンギってただのキノコだよと
精一杯自分に言い聞かせても
詩的情緒を超越した想像がよぎる

「何笑ってるの?」と突然
妻があのエリンギを握ったまま聞いてきた

(笑ってる? ひょっとしてにやけてた?)

「わらってれないよ」と焦ってこたえた
妻はやっぱりエリンギを握って眺めている

妻がいったい何を思ってエリンギを
何ともたとえようのないエリンギを
ああ君はそんなにも強く握っている

「やっぱりソテーにするわ」と
妻は一人納得したように包丁を入れた

エリンギに

その瞬間
わたしの全身をどうしょうもない衝撃が貫く

(献立だったのか! それだけだったのか!)

しばらくして
きれいに料理されたエリンギが
テーブルの上で無残な姿を見せていた

フォークがそえられている
フォークで刺して食べるのか

「ごめん 箸とってくれるかな?」
すまなそうに妻に頼む

不思議そうに箸を差し出す妻と
きれいに料理されたエリンギに
わたしは目を合わせられないでいた

お腹が満たされる以前に

わたしの心は
ソテーされたエリンギのようにしおれ

満たされることはなかった


自由詩 「エリンギ」 Copyright ベンジャミン 2009-07-01 21:02:13
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