わたしの時代
小川 葉

 
 
一つの時代が終わることを
想像もしないまま
わたしは一つの時代に育まれ
育んでくれたいくつかの人たちは
死んでいった

あの一つの時代が
今も変わらず続いていたならば
わたしは迷うことなく
変わらない時代の末端で
かろうじて滅びることなく
あるべきわたしは思惑どおり
祖父の一部と成り得たことでしょう

一つの時代がはじまった
その時に実は終わっていた
一つの時代を
一つの時代とするために

続けなければならなかった
一つの時代ははじめから
破綻していた
そのことをわたしは
証明するためだけに生まれていた

家業を継ぎさえすればいい
生まれた時からそう言われてきて
嫌な気持ちだった
同時に
家業を継ぎさえすればいい
と言う理由だけで
甘やかされ
贅沢を許されてきた
自分の幼少時代にも
いつしか気持ち悪さを感じ始めていた

みんな大好きだった
けれども何かが違っている
わたしではないわたしが
わたしとして
わたしよりもわたしらしく生きている
本当のわたしはどこにいるのか

本当のわたしは今ここにいた
まもなく四十歳になって
自分で選び取ってきた
やり直しのできない人生の
海洋の真ん中に

祖父は死んだ
家業は倒産して父も年老いた
従業員だったおじさんたちも
亡くなったり
生きていたりするけれど
今ではわたしが坊ちゃんである理由なんて
どこにもありはしない

むしろわたしは
事業に失敗した父の息子として
事業を継ぎもしなかった
ろくでもない放蕩息子として
親戚だろうが何だろうが
誰もわたしを相手にしてくれない気がして

だから父と母を愛したい
何も悪くなかった
時代が少し悪かったなどと
目と目を合わせて慰めてあげたい
親不孝者の目のまま
親孝行が出来るのなら
わたしは今まで出来なかったことを
二人にはしてあげたい

息子にはわたしのような
しがらみが
もはや一つもないのだから
自分の人生を
自分の人生としてだけ
生きてもらいたい
その幸せを稀有な喜びとして
わたしの人生を思い出してもいい
それが自由なのだと
人として確かめてもらいたい

母親にしか似てなかった
君の顔が
歳月を重ねるごとに
父親のわたしにも似はじめている
そんな親になった
わたしの喜びをいつかわかってほしい

大きな病気はしたことはないけれど
近いうちに病院に行かなければならない
何でもないとは思うけど
遺書みたいになってしまった
この詩がただの詩であることを
わたし自身
こんなふうに願う時は
生まれておそらくはじめてのことだ

はじめて死について考えたのも
風邪をひいて病院の待合室で壁を見ていた
七歳の頃のことだった

来週早々病院に行って
話を聞いてきます
病院の待合室の
壁を見に行ってきます

わたしの時代は
まだ少し続かなければならない
この子が大人になるその日までに
両親を見送るその日までに
 
 


自由詩 わたしの時代 Copyright 小川 葉 2009-03-22 00:02:26
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