春の気配
川口 掌




流れ続ける川は
いつしか海へと流れ込む
山の中腹にある
大きな岩は
長い 長い 年月の間に
少しずつ 少しずつ
その身を削られ
円く滑らかになっていく


隣の町では
話好きのお坊さんが
お布施の減ったのを嘆きながら
このままでは
数年後にはお寺を
たたまなければならないと
深く 溜息をつき
明かりの消えた部屋で
灯される事の無くなった
電球を見つめ
瞼の裏の
明かりの点った部屋を
思い浮かべる


火葬場から出た遺骨は
行き場を失い
街のあちこちで
カラカラと乾いた音を鳴らす
今は
遺骨を拾い集めるのは
少し前まで家々の玄関脇に
繋がれていた野良犬達だけだ



この町の 山の麓で
何も知らない私は
縁側に腰掛け
やわらかく降り注ぐ
日差しと戯れながら
一杯のお茶を啜り
頂を目指す太陽を
目を細めて見つめる


主に茶色
所々に
木々の緑や岩肌の灰色
そして
溶け残った雪の白いのが
ちらちらと見え隠れする山肌に
新芽を食む
蟲を啄みにやってくる野鳥が
あちら から こちら
こちら から あちら

飛び交いだす



どこか
遠いところから聞こえてくる
ラジオの声は
尖閣諸島付近で発生した
非常に大きい
台風一号の進路について
何処へ行くとも判らない
と 告げる





自由詩 春の気配 Copyright 川口 掌 2009-02-17 17:13:19
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