冷たい磔刑
岡部淳太郎

とても
とても高い所から
落とされて ばらまかれたみたいに
路上には大勢の人々が
ざわめいていて
それぞれがひとつずつ
何かしらの凶器を隠し持っている
とても
とてもありふれた所から
吊るし上げられて
まっとうな淋しさを持った
ひとりの男が 人々の眼の前で
磔にされている
人々の持つ凶器に
脅えたのだろう
その眼は
神のいない真昼を
映していた

男はひとり街の中で
掌に釘をうたれ
磔にされているのだが
何という冷たさだろう
人々はただばらまかれて
それぞれの行先へと急ぐだけで
誰ひとりとして
その男に注意をはらわない
男に向けられた
魚のような沈黙
人々の間で交わされる
犬のような饒舌
年表の上に記された
かつての磔刑のような
にぎやかな憎悪も怒号もない
通り過ぎる人々の
すべての眼から無視されている
何という冷たさ
男は 磔にされながら
思う
せめて罵倒を
せめて石飛礫を

神のいない真昼
その中にあっては
止まっている者は
動いている者にはかなわない
人々はそれぞれの凶器を
見事なまでに持てあまし
自分たちにもわからない
不満と不安を抱えて
街を行くしかない
そうやって 今日もまたひとり
どこかの街角で誰かが
冷たく磔にされるのだ
とても
とても高い所から
持ってきた記憶を
抱きしめたまま

やがて
あまりの冷たさに
雪が降り
すべては凍りつき
その間に人々はどこかへ逃げ出し
磔にされた者だけが
動けないままに 残る
神のいない真昼も
あまりにも長くつづいた末に
そのままで閉ざされてしまった
そして
一万年後
新しい探険隊が
凍てついた かつての街の跡を訪れる
彼等は
雪と氷河の下から
美しい十字架を
掘り出すだろう


自由詩 冷たい磔刑 Copyright 岡部淳太郎 2009-01-28 22:24:54
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