祖母の見舞い 
服部 剛

「この病室は、眺めがいいねぇ・・・」 

ガラス越し
輝く太陽の下に広がる 
パノラマの海 

ベッドの上で点滴に繋がれて 
胸の痛みに悶えながら 
なんとか作り笑いをする祖母をよそに 

目の前の海はあまりに
穏やかな凪ぎで 
滑らかな波のまにまに 
無数の光の宝石は踊る 

ベッド脇の椅子に腰かけた僕は 
しばらく握っていた祖母の手を離し 
床に置いたリュックから取り出した 
詩集の原稿を手に 
たった一人の為の朗読会を始めた 



  あなたは今 
  無人の映画館にいます 
  やがてスクリーンに映る 
  詩の物語は始まり 
  らんぷの灯りの下机に向かい 
  ペンを手にした彼は 
  見知らぬ読者に向けて 
  一通の手紙を書いています 
  
               」 


孫の朗読を聞く祖母は  
息絶え絶えに細い手をさしのべ 
もう一度手を握る 


読みながら震える、声・・・ 

頬を伝ういくつもの、涙・・・ 


両手で握った祖母の細い右手から 
すうっと宙に なにか が消えた   

酸素の管の入った鼻から 
寝息は繰り返され 
安らかな呼吸で 
祖母は眠った       

数年前夢に現れたという 
後光の射した父親のまなざしに 
見守られた幼子の寝顔で 

足音を立てずに 
病室を後にした僕は今 
誰もいない 
七里ガ浜の浜辺に腰を下ろし 
開いたノートに 
「祖母の見舞い」という 
詩を書いている 

ふと顔をあげれば 

潮騒の向こうの  
水平線に浮かぶヨットのように 
思い出は遠のいて 

いつまでも
緩やかに繰り返される 
波のまにまに踊る 
無数の光の宝石 








自由詩 祖母の見舞い  Copyright 服部 剛 2008-11-18 18:34:30
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