佳代子

 私とゾマスと赤毛猫は、縦長に伸びすぎたマンションのぶっ壊し計画に取りかかった。電柱より高いなんて生意気だとゾマスは年長者の風をして言う。ゾマスのパラノイヤの目が、戯けた仮面をかぶって私を見る時、必ず指にマッチ棒を持っていた。私の鼻先を燃やしてしまおうと企む。そんなことはさせやしないさ。ゾマスごときに。赤毛猫はいたって真面目だった。遠くの稜線のように、波のあるようで平坦な顔をしている。偏屈猫でローズティーの香しか食べないところなど、ゾマスの左半分に似ている。
 街は静かですべてを消化し尽くした後のように、すっかり落ち着いていた。大人びてみえる。飲み残しのビールが底の方でキョンと音をたてた、道の端。猫の尻尾のせいだ。私とゾマスと赤毛猫は夜明けの街を闊歩していたのだ。
 橋の向こうのアスファルトの継ぎ目から星が一つ飛び出していった。赤毛猫は細めた目でそれを追った。ゾマスは呆然としていた。まるで曇ってる。
     ーゾマス 汚れた火屋みたい顔してる。
ゾマスは何か考えがあると言っていた。こんな恐ろしい事はない。私と赤毛猫は星のかけらを耳に詰めた。
 一番目立って高いマンションの三階当たりから、伸びすぎた子供が顔を出していた。下から小さな子が上に向かって叫ぶ。
     ー落ちるよ!  落ちるよ!
人形が落ちてきた。小さい子は人形を抱いた。傷はない。ほっとする。子供の顔がオレンジ一色に塗り込められた。手だけが人形を抱く。光る空間。日が昇ったのかもしれないとゾマスと赤毛猫と私は囁きあった。
 橋を渡ると、そこには大きな黒いものが建っていた。マンションかしら?人はいない。窓はない。それは背に光を受けていたから、いっそう陰ってしまう。それは頼りなげで、地球誕生以前の混沌とした感情を持っているものにも見える。
     ーゾマスに似てる。
と、赤毛猫がつぶやく。たしかに似ている。しかしそれは右半分だけのこと。ゾマスは左半分にびっしりとピンクのルージュを塗りたくっている。そして左では決して物を食べない。
 橋のたもとから、道は斜めに延びていた。長い坂を上り詰めると、橋の向こうの街を隈なく一望する事が出来た。ああ、まったく馬鹿げてる。私とゾマスと赤毛猫は胸いっぱいの息を吐き出した。意気込みも活力も後退していく。私とゾマスと赤毛猫は声の限りに笑った。
 街は瞬間の傷口のように唖然とした顔つきで、すでに破壊されていることを知らない。 


自由詩Copyright 佳代子 2004-08-01 17:34:50
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