マンボウ
nonya


うっかりついてしまった
溜息の先端から
滑り落ちたマンボウが
午後3時17分の紙コップの
コーヒーの中に浮かんでいた

セクハラまがいの
丸い横っ腹を堂々と晒して
背びれと尻びれを
あられもなく広げ切って
ニュートラルな湯気の中に
マンボウは浮かんでいた

オーシャン・サンフィッシュ
とヤツは名乗った
マンボウなんて能天気な名前じゃない
とヤツは言い張った

確かに水溜りに浮かんでいる
傾きかけた太陽に
見えないこともない
と泥水を一口すすりながら思った

見た目で決めつけるのは良くない
とヤツは説教した
君達の目はやっぱり節穴だ
とヤツは毒づいた

のほほんとした癒し系だと
勝手に思い込んでいたが
本当は嫌なヤツかもしれない
と泥水をもう一口すすりながら思った

本当は素早く泳げるとか
本当は深く潜れるとか
本当はエサを獲るのも下手じゃないとか
本当は呑気に漂っているだけじゃないとか
そんな種明かしはどうだっていい
世の中には知らなくていいことが
マンボウの卵の数ほどもある

マンボウはマンボウの
ままでいい
マンボウはマンボウで
あり続けて欲しい

紙コップの底に残ったコーヒーを
マンボウごと一気に飲み干した
意識の端がじんわりと
夕焼けの温度に染まったと
思ったのも一瞬だった

触ってもいないマウスが
お節介にも這いずって
カサついた数字が揺らめく
エクセル画面の海底が
目の前に広がった


自由詩 マンボウ Copyright nonya 2008-10-11 12:39:46
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