Born To Win [time]
プテラノドン

家を出る前に昔聞いたことばを思い出す。
一週間に敬意をもつこと。だからといって
月曜の朝から仕事の依頼がくるなんてろくなもんじゃない、と
ひっきりなしに通勤車が行き交う国道脇のあぜ道に
バンを止めたペンキ屋の男は、僕の十年来の友人で
全開にした窓から、シンナーの匂いとラジオ―Hasil Adkins―
どこのどいつが、朝っぱらからこんな音楽をラジオ局に
リクエストしたのか?楽しいじゃないか。男だってそう、
靴を脱ぎ捨てた足をハンドルの向こうへ投げ出し、
音楽に合わせてワイパーみたいに足先を揺らしてみせる。
それからシャツのボタンを外し、思いついたかのように
目一杯ボリュームをひねり上げる。構うもんか、
ここは不毛の地。ブヨしかいない。
いささか早い気もするが、友人ともども
ラジオ局に缶ビールをリクエストしたい気分だ。

そして助手席に積まれた雑誌の一番上には、
保険屋の女が事務所に置いていったbusiness新聞。
占い欄には、
「25日/偶数時間から仕事を開始すると吉」と、
記されている。それがはたして本当かどうか?
たしかめるべく、友人はこれから30分きっちり待つつもり。
鬱陶しそうに煙草をくわえながら
競馬新聞と、サイドポケットに溜め込んだレシートとを
宝くじのそれをたしかめるみたいに
照らし合わせて、皆と週末にでかけるはずの
レースに役に立ちそうな番号を見つけて時間を過ごす。
それは多分、週末まで続くだろうし「宝くじはアホが買うんだよ」
というのが友人の持論だが、その新聞が先月のものだと
未だに気づかないお前のほうこそ化石頭のアホだぜ、と
一匹のブヨになりすまし友人の耳元で言ってやりたい。
もしくは、
保険屋の新聞とギャロップとの間に挟まれていたカストリ雑誌の
159ページには、マネキンに恋した男がデパートに忍び込んで
逮捕された事件が詳細に書かれていることを。
それとは無関係なこの街で、
道すがら無表情な顔を出す工場の倉庫の扉に
「TIME」と落書きされていた文字のことを。
赤茶色の扉が、黄色に塗り替えられたことを。
何人かは知っていただろう。
それがドイツ語で描かれていたことや、塗り替えられた扉の色が
先月のラッキカラ―だってことを知らなくても。抜きにしても。
新たな記憶の門出を祝う者は少ない。むしろ、
事態を回避する為に景色を組みなおす結果、
そこで座ったり、立ったりしている者にとっては
ふいに偽物の地図を手渡されたような気になるかもしれない。
だがそれも馴染むまで。時間はやすりのように
感覚を研ぐのでなく、ならすためだけに動きつづける。
「砂の城を打ち崩す波のように。」と彼女はいった。
一旦止まった色や文字は、時間を吸収することで
自らに課した計り知れない意味と、その重みに倒れこみ、
それは書物の中で、ブラウン管の中で、譜面の上でも
じきに、冬を告げるために落ち葉のように朽ちるのかも。

その合間にも、一週間における僕らの営みとしては
YESとも、NOともとれる乱暴な言葉を何度か口にするだろう。
そして明日あたり、
―お前が描いたんだろ?と、友人は言うだろう。
―お前が塗ったんだろ?と、僕は答える。
―糞野郎!
もちろん彼女の前では
そんな言葉を口にはしない。
わざわざ怒られるなんて
居ないよりはマシだけど、
笑っている方がいいに決まっている。
記憶のなかで在り続けるってやけに大変な作業だと思いつつも
彼女は言ったのだから
―つらぬきながら迷う 
明日は美しいと。
timeと。


自由詩 Born To Win [time] Copyright プテラノドン 2008-09-15 15:58:11
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