クロコダイルの夢
皆月 零胤

僕の名前は皆月零胤 でも名前はまだない



多分それは小学五年の夏休みが折り返した
そんな時期だったと思う
空き地の隅には僕たちの秘密基地があった

それはホームレスのビニールシートハウス
なぜか住んでる人は小綺麗なおにいさんで
朝になると髭を剃ってスーツで仕事に行く
空き地で仲良くなって中にも入れてくれて
僕たちはそこを秘密基地とよんでいた

友達のひろゆきくんとまもるくんも
はじめは面白くて一緒に話とかしてたけど
塾とかが忙しいとか宿題が終わってないとか
涼しいとこでゲームしているほうがいいとか
そんなことを言い出して来なくなったんだ

おにいさんにはある秘密があった
僕たちと同じ姿をしていてるけど
祖先はサルではなくてクロコダイルらしい
実家は月の裏側の地球から見えない場所で
ある理由から還れなくなってしまったそうだ

ある日おにいさんといつもみたいに話をしていると
区役所の人が来て秘密基地を壊しはじめた
僕は泣きながらやめてって叫んだけど
おにいさんは月に還るから大丈夫だと言う

そして書きかけの小説が書いてあるノートを
僕にそっと手渡してくれ その手には
確かに薄く残ったウロコの痕みたいなのがあった
僕はいつか小説家になって小説の続きを書くと
固く約束しておにいさんと引き離された

あとになって知ったことだったが
同じクラスの誰かが担任の先生に話して
区役所に電話をしたせいらしかった
誰かわからなかったがそいつがとても憎らしかった



僕が大人になって景気が回復した頃に
その空き地に高層ビルが建てられることになって
秘密基地があった下あたりから 銀色をした
ぐしゃぐしゃになってしまった乗り物みたいのが
掘り出されてそれが新聞に載った

僕はいろんなことをすっかり忘れてしまっていて
そこそこ大手の企業で普通に働いていたが
あの日もらったノートのことを思い出した
表紙に「クロコダイルの夢」と書かれたあのノート

僕はあの小説の続きを書かなければならない
おにいさんはちゃんと月に還れたのだろうか



僕の名前は皆月零胤 ノートに書いてあった名前だ






※このお話はフィクションであり登場する人物は実在しません
 また未成年者の飲酒・喫煙は、法律で禁止されています


自由詩 クロコダイルの夢 Copyright 皆月 零胤 2008-08-22 15:55:06
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