トーキョー/10min.
石畑由紀子
あれから2週間が経ったっていうのに
なぜいまも頭が膨れ上がってるのか
理由は自分でもわかっていて
そのうちのひとつは、トーキョー 打ち上げの席でもと子さんが話してた電車話が
私の旅路にふりかかったからで
東京
TOKYO
トーキョー
カタカナがいちばん似合う、ギミックでプラスチックな街
この地が古里の人もいるはずなのに私には人工の街
そりゃそうだ、まだ横顔しか知らなかったんだ
ところでさ、本当のYMOチルドレンは
私は小西康陽だとおもうんだよね
記号化されたTOKYOから記号化されたトーキョーへ
メディアを巻き込み壮大なからっぽの水槽を描き続けた
SIONだって歌ってたさ、きっと新宿の西口でからっぽの水槽からっぽの
耳の穴をイヤホンでふさいで
人工物の血流を聴く
トーキョー
10分の遅れが10分の遅れですむ街
北海道じゃ10分の遅れは2時間の遅れになる
ダイヤの密度が違うからね、一度でも乗りそこねた者に北海道は冷たい
たったひとつの歯車の不具合が取りかえしのつかない結果に繋がってゆく
だけどね、私たちは待つんだ、術無く不具合を受け入れて
けど どこかおおらかに
君が
私に見たのはそのベールか
だからかな、ふだん待たなくてもいいせいで
たまに長引くと血相変えて駅員に掴みかかったりして
結局余裕がなくなってるんだよね、トーキョーの人はみんな
2時間を耐えられるか 時計との睦言のさなかに
トーキョー
10分遅れで取りかえしのつく街で
取りかえしのつかなくなった人が電車に飛び込む、今日も
トーキョーはすごいよ、人身事故があっても
たいてい15分くらいですぐ復旧しちゃうのそれがまるでダイヤの一部みたいに、それだけ
日常になってしまってるの飛び込みが
日常になってしまってるのよ飛び込みに遭うことが
ゆっこちゃん、中央線が多いのよ、あそこだけ
ホームの感触が違うの蛍光灯が侘しくてコンクリートが
剥き出しで、ほかと全然
違うの
そんな日常、想像
つかないな、そんな
トーキョー
最終日の午後、温水プールのなかを服のまま泳ぎ
八王子の駅に着いたときには騒然としていて
ただいま人身事故により上下線とも運休していますお客様には大変ご迷惑をおかけしていますが復旧まで今しばらく
旅行カバンの車輪が点字ブロックにとられて揺れる
離陸まであと2時間半 とっさに時計を
嗚呼、こんなふうに
睦言、呑まれて
いくのかなって
10分を惜しんで京王線に鞍替えする人の背中を裸眼でぼんやりと送りながら
トーキョー
そして15分遅れで中央線は新宿へ向かって走り出した
嗚呼、
ダイヤ
どおりなんだ
*
トーキョーの速度に
いまも戸惑うもと子さんの身体には北海道の風が吹いていて安心する
飽和したビールグラスが室温になってゆくのをぼんやりながめて
北海道のみんなは元気?
そういえば私もここ2年会ってないんだよなぁ、とおもいつつ
共通の友人の近況をぽつぽつと伝えるうち
打ち上げ会場、私たちのあいだにゆるやかな
風が
君が私に
風を感じるならそれはこの地から吹いています
私の息はこの地から
私は
私は
この先どこに行くんだろうね
きっとどこへも行けないし
そしてどこへでも行けるんだろうね
私は詩を内包している
幹さんがキムの元へ向かうため漕いでる自転車のペダルのように鍵がかかったままでもグングンと進み
トーキョーは取りかえしのつく街
トーキョーなら取りかえしがつくはずだった
みじん切りにされた君の血肉が中央線に擦り込まれながら今日も疾走している
知っているか、北海道は冷たい土地
10分の遅れは2時間の遅れになり
四つの季節があるのに三分の一が冬である土地
それでもさ、受け入れるんだよぜんぶ
ぜんぶね、知っているか、人の笑顔のほとんどは
慟哭だってこと
君と私
どちらがとおくまで行けるかな
もと子さん
この詩の結びをどうしようか考えているうちに
今日も中央線では飛び込みがあったそうですね今度は西荻窪で
剥き出しのコンクリート、侘しげな蛍光灯、ダイヤどおりに
また電車は止まりそして再開したのでしょう、騒然と、静かに
あれからもう2週間が経ってるっていうのに
私のキャミソールはいつまでも濡れたままで
裾からぐずぐずと滴がこぼれています
たった10分を追うためにひとときも立ち止れない、トーキョーに
呑まれた人々の体液なのでしょうか
からっぽを描き続けたかつての音楽にもまぎれなき生身の血流がありました、そのように
トーキョー、私が見た
街は東京、あの日たしかに泣いていたのです