鳴家
佐々宝砂

鳴家やなりという言葉よりさきに
ラップ音という言葉を覚えてしまった。
部屋の片隅なにもないところで
ごく局部的に温度が上昇または下降し
はっきりと物質化したエクトプラズムがあらわれ
というような現象と一緒に覚えたのだったが、

生憎とわたしの家に不可思議な現象は起きなかった。
ただ、毎日、妙な音は聞こえた。

クルックスは幸せだったと思うのだが
フォックス姉妹が幸せだったかどうかはわからない、
ティーンエイジのわたしはそれほど不幸ではなく
さりとて幸福いっぱいというのでもなく
誰かが命じてくれるのをひたすらに待っていて、

悲しみなさい。
恐れおののきなさい。
迷惑顧みず嘆きなさい、
心のままに叫びなさい、
そして、
自我を喪失しなさい。

鳴家はいつも乾いた音で
その乾き方といったらまるで冬の枯野のようで
冬の枯野の七倍くらいに無意味だった。

わたしが抱えたはずのエネルギー、
わたしの家が持ったはずのエネルギー、
熱量保存則が冷徹に警告するように、
意味もない音と化して雲散する、

鳴家よ。
小鬼の姿したちっぽけな妖怪よ、
おまえが存在していて
わたしの家をかたかたと鳴らすのだったら
わたしはどんなにか嬉しいだろう。


自由詩 鳴家 Copyright 佐々宝砂 2008-07-18 17:47:26
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